ルーミアの日常

 初出:東方創想話 2005/07/12

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 幻想郷では、世にも不思議なことが日常茶飯事のように起きる。特に、その年はすごかった。長い冬の後に嵐のような春。夏前にはなぜか宴会が多発し、終わらない秋の夜長事件というものもあった。
 そんな年を幻想郷の人間はどう過ごしていたかというと……普通に過ごしていた。何しろ幻想郷なのだから、どんなことが起きてもなんとかなってしまう。今回も、何やら偉い巫女さんや絶大な力を持つ妖怪がどうにかしたらしいが、彼らには縁のないところである。
 それよりも彼らに関係あるのは、身近の妖怪だ。この話は、そんな人間たちと、身近な妖怪の話である。


 その小さな家は、村はずれに建っていた。村はずれ――すなわち、人間と妖怪の境界である。夜、この境界を越えて外にいる人間は妖怪に食べられてもしかたがないし、この境界を越え村に入った妖怪は人間に討たれてもしかたがない。これがバランスというものである。
 けれどそれは夜の話。昼間は互いに良き隣人である。今日もその村はずれの家を、子供たちが訪れていた。1桁後半から10代前半の、男の子4人に女の子3人。着物の子もいれば、洋服の子もいる。彼らは、いまだ閉ざされている扉の前に立つと、声を揃えて呼びかけた。
「ルーミアちゃん、あーそーぼー」
 応えはない。子供たちは首を傾げると、もう一度声をかける。みな、ルーミアがここにいる、ということは疑っていない。何しろ、昼間だというのにこの小屋の周囲だけ、ほんのりと暗いのだから。常闇の妖怪、ルーミア。夜の闇に対する人間の恐怖が形を成し、命を持った妖怪。その体は常に夜を纏う。彼女以外にこんなことが出来る妖怪を、彼らは知らない。
「ルーミアちゃーん、もうお昼過ぎちゃったよー」
「ルーミアー、起きろー」
 思い思いの呼びかけが一分も続いたであろうか。
「……そーなのかー」
 眠そうな声とともに、ドスン、と何かが落ちる音。ついでズルズルと足を引きずりながら歩く音が、家の中から聞こえてくる。
「あー、ほら、男の子はあっちにいってなさいっ」
 一番年上の少女の言葉に、男の子は不承不承といった返事をすると駆けだしていった。こういう状況の時にルーミアがどんな格好で出てくるか、みな十分承知している。興味はあるものの、あとで女子から軽蔑のまなざしで見られるのは、痛すぎる代償である。
 少年たちの姿が消える頃、がらがらと引き戸が開かれた。
「みんな、おはよー」
 いまだ眠そうな声。しかし、少女たちから応えはない。みな、ルーミアの姿に驚いているのだ。別に、いつもは綺麗な金髪が寝癖ですごいことになっている、とか、シミーズがめくれあがって胸まで見えそうになっている、とか、それでも両腕は聖者が十字架に張り付けられたように真横に上げられている、とかはよくあることで、予想通りである。問題はそんなところではなく。
「ルーミア、口、真っ赤だよぅ」
「んー?」
 紺色の洋服に白いリボンを着けた少女の言葉に、ルーミアは口元を手でこする。なるほど、赤い……というより、すでにどす黒くなっている、元は紅かったものがついてくる。
「あー、そっかー」
 さらにゴシゴシとこするものの、とれるどころか被害は広がるばかりである。
 一方、少女たちが驚いていたのはほんの一瞬で、その後の行動は早かった。
「ほら、ルーミアちゃん、とりあえず家にはいろ――きよちゃんは、お湯をもらってきて。まあちゃんは汚れてもいい布を取ってきて」
「はーい」
 いつものように、この血痕を拭き取るための作業に入る。一番年上の少女は二人に指示を出すと、自分はルーミアの背を押して家の中に入らせた。もちろん、真っ先にシミーズの裾を直すのは忘れない。そしていつものようにため息をつく。あたしよりよっぽど年上なんだから、羞じらいぐらい覚えたっていいのに、と意味のないことを考えながら。


 小さな家、とはいうものの、むしろその外見は掘っ立て小屋と言った方が近いかもしれない。しかし中は、一応人が住んでいるようには見える程度に家具がそろっている。ベッドの脇にはちゃぶ台。その隣に大きな化粧鏡。反対には箪笥が置かれ、引出しには洋服やら下着やらがはみ出して挟まっている。
 その鏡の前に少女たちが集まって、一人の妖怪の身支度を調えている。
「ほらルーミア、じっとしてて」
「んー、ありがとー」
 気持ちよさそうに目をつぶるルーミアの頬を、きよちゃんと呼ばれた紺色の服の少女が、お湯を含ませた布で拭っていく。年上の少女はルーミアの赤いリボンを外し、髪の毛にブラシをあてていた。一番年下のまあちゃんと呼ばれた少女は、てきぱきとベッドのシーツを取り替えている。当然の様に、シーツも血で汚れてしまっていたからだ。
「口を拭いてから、お布団に入ればいいのに……」
「ちゃんと拭いたつもりだったの。ほら、服で」
 そういいつつルーミアが指し示す先には、くしゃくしゃに丸めて脱ぎ捨てられた服が転がっていた。全体的に赤黒く染まっている。年上の少女は思わずため息をついた。
「服で拭いちゃダメでしょっ」
「えー、でも、食べちゃった時にもう血が付いちゃったしー……」
 口をとがらせて言い訳をするルーミア。この様子だけ見ると、容姿相応の幼い女の子のように見える。その言い訳の内容はともかく。
「昨日はどんな人だったの?」
 きよちゃんがいつものゆったりした口調で問いかけた。今朝は大人たちが騒いでいなかったから、村の人間ではないことはわかっている。それに、ルーミア自身も至って普通の様子だ。だから、こんな風に気楽に聞ける。
「昨日はねー。お酒に酔ってた人」
 答えるルーミアの口調も普段と変わらない。
「だから私もちょっと酔っちゃった」
「ちょっと、じゃないわよ。こんなに髪の毛、もつれさせて」
 故意か偶然か、ブラシが豪快に引っかかる。
「わー、痛い痛い、ひっぱらないでー」
「妖怪なんだから、少しは我慢しなさいっ」
「人間なんだから、少しは優しくしてよー」
 いつも通りのやり取りに笑いが起きる。こうしたやり取りは、日常よく見られるものだ。しかし口で言うほど、人間は妖怪を意識していない。里の人間にとって妖怪とは、『生まれた時から隣に住むちょっと変わった生態の生き物』である。その『変わった生態』の中に人間を食べることも含まれはするのだが。
「はい、出来た」
 最後に赤いリボンを結び直し、髪を整え終わったことを告げた。ルーミアは手を伸ばし、そのリボンに触れようとする。しかしリボンはルーミアの手をヒラヒラと動き避けた。まるで意志があるかのように。
 このリボンは実際にはお符である。決して汚れないかわりに、汚れていると思われる者は手を触れることもできない程度の能力を持っている。具体的には、男とか。妖怪とか。初潮を迎えた女性とか。だからこうやって初潮前の少女がルーミアの身を整えるのは、昔からの慣例なのだ。
「んー、大丈夫……かな。ありがとー」
 ルーミア自身は触れることができないものの、手をやった時のリボンが逃げる感触でなんとなく状況はわかる。一度結んでもらえば自然に解けることはないし、色々と都合がよいのでルーミアはこのリボンが気に入っていた。なによりこのリボンは、昔の友達が残してくれた大切な遺品なのだ。もちろん、人間の。


「みんなお待たせー」
 ルーミアと女の子たちが男の子たちの前に姿を現したのは、一時間も経った頃である。
 そこは村の中央にある広場。集会に、祭りに、子供たちの遊び場にと使われるその一画、井戸のある辺りに少年たちは集まっていた。少女たちの姿を確認すると、半ズボンの少年が肩で息をしながら応じる。
「おぉせぇぞぉ」
 男の子たちはどうやら鬼ごっこでもしていたようだ。もう冬も近いというのに、みな汗まみれの上、何人かは服が土っぽくなっている。
 一方ルーミアは、黒いスカートに白いシャツ、黒いベストに赤いリボンと、すっかりいつもの格好だ。汚れは全くない。まあ、替えの服を着ているのだから、当然と言えば当然だが。汚れた服はきよちゃんが風呂敷に包んで抱えている。後でこういう洗濯が得意な村人に渡す予定である。
「ごめんね。昨日の夜、人間に会っちゃったから」
「ふーん」
 さらり、と告げるルーミアの言葉を、さらりと受け流す子供たち。
「それで、どうなったの?」
「また黒白とかいうのに、やられたのか?」
「ひどいよー。それに、また、ってどういうことー?」
 口を尖らせるルーミアの様子に、子供たちが笑う。もちろん、子供たちは分かっている。きよちゃんが抱えている荷物から漂う鉄のような匂いは、子供たちも嗅ぎなれたものなのだから。
「そんなこというと、戦利品、みせてあげないよ」
「えっ? なになに?」
 戦利品、の一言に、わっと場が盛り上がる。ルーミアは時々、夜に出会った人間の持っていたものをこうやって見せてくれる。大抵は幻想郷外の人間のため、子供たちの思っても見ないものであることが多い。
「みせてみせてーっ」
 子供達の声にルーミアは得意げに胸を反らすと、ポケットに手を差し込んだ。子供たちの視線がその小さなポケットに集中する。ついでに、傍を通りかかった大人たち――当然村の中央広場なのだから、普通に大人たちも行き交っている――も何事かとのぞき込む。
「じゃじゃーん」
 と効果音付きで、ポケットから何か白いものを取り出した。
「おぉー」
 意味もなく上がる歓声。
 それは、白い固まりだった。子供たちの手のひらにも収まるような四角い棒状のものと、それからのびる紐のようなもの。紐の先は二つに分かれ、それぞれが膨らんでいる。所々赤黒く汚れているそれを、子供達は興味深く見つめている。しかし、大人は少しだけ、現実的なようだ。
「で、ルー坊、これは一体なんなんだ?」
 子供と一緒にのぞき込んでいた若い男が、ボソッとつぶやいた。その瞬間、得意げだったルーミアの顔が凍る。そして、小さなため息をついた。
「……実は、私にもわからないの」
「なんだぁ」
 ため息が伝染する。どんな珍しいものでも、使い方が分からないとどうしようもない。
 しかし。
「あ、それもしかして、音楽が聴けるのかも……」
「えー?」
 そんなことを言い出したのは、最年少の少女。いきなりの意見に子供達はみな疑いの目を向ける。
「そーなのかー」
 ルーミアだけは一人感心しているが。
 そんな周りの様子を気にすることもなく、少女は言葉を続けた。
「前にこーりんどーで、ってけーね先生が……」
「あぁ、慧音先生かぁ」
 みな納得したようにうなずいた。
 香霖堂。村の外、博麗大結界の近くにある店である。村からは結構離れているので村人が利用することはあまりないが、あそこならこういった外界のものなら存在しても不思議ではない。
 そして半人半獣の上白沢慧音は子供たちにとって先生である。午前中、村人が仕事をしている最中に子供たちの面倒を見がてら、勉強を教えているのだ。慧音先生なら何でも知っている、というのが子供をはじめとする村人の認識である。
「えーと確かこの紐の先をこうやって……」
 もつれた紐をほどき、それぞれの膨らんだ先をルーミアに渡す。ルーミアはきょとんとした顔をしながらも、それを受け取った。
「これ、どーするの?」
「そこから音がでるって。だから、耳にくっつけとけば……」
 ルーミアがおっかなびっくりと言った様子で、そのふくらみを耳に当てる。
 今度は白い棒状の物体だ。とはいっても出来ることは少ない。押せるところを適当に押していく。すると。
「わわっ!」
 大声とともに紐を放りだす。その様子にみんな吹き出した。
「なんだ、だらしないぞっ」
 半ズボンの男の子が、言葉だけは強気に手を伸ばした。えいや、と紐の先をつまむと、恐る恐る耳に近づける。
「うわ、ほんとだ、音楽、だ」
「えー?」
「ボクにも聞かせてー」
 現金なものだ。ちゃんと音楽を聴くことが出来ると分かったとたん、子供たちは先を争って手を伸ばした。紐の先を耳に押し当て、そこから流れる奇妙な音楽に耳を傾ける。
「へぇ、すごいなぁ」
「でもなんかうるさいね」
 うるさい、というか激しい、というか。テンポが速く打楽器が全面に出た曲調に、キンキンと甲高い歌声は、日本的とは言い難いものである。
「うん、オレはミスティアの歌の方が好きかな」
「あ、あたしもっ」
 さんざん聴いた挙げ句の意見に、年長の少女が相づちをうつ。しかし、この意見にはみんな賛成のようだ。その様子にルーミアが、『名案が浮かんだ』とばかりにポンと手を打ち鳴らす。
「じゃあ明日は、みすちーのところにいって、何か歌ってもらおうか」
「さんせー!」
 夜雀のミスティア・ローレライは、昼も熱烈聴衆募集中である。歌を聴いてくれる相手が欲しいだけで、人を食べるのはついでに過ぎない。むしろ、聴かない相手を襲って食べるのよ、とは本人の談であるが、そちらはもちろん誰も信用していない。彼女は、夜道で聞こえる歌声に人を惑わす力がある、という幻想が形をとった妖怪なのだから。
「なら明日はちゃんと早く起きてくれよ?」
「うー、今日はちょっと、偶然起きれなかったのーっ」
 頬を膨らませて言い訳するルーミアに、再び笑いが起きる。
「んじゃ、今日はこれからどうする?」
「チルノちゃんのところに行くんじゃないの?」
 氷の妖怪、チルノはその精神年齢の低さから子供たちの良き遊び相手である。今日はなんでも新しい技を開発したそうで、そのお披露目をしてくれるという話だったのだ。ちなみに今までの技は蛙を凍らせて生き返らせる、というもの。三回に一回は失敗する。
「でももう、時間少ないから、夜までに帰って来れなくなっちゃうよ」
 もう冬が近いこの季節、日の入りも早い。それに、奇妙な音楽機械に時間をとられすぎたようだ。早くも日は傾きつつある。
「大丈夫だって。なぁ、ルーミア?」
「私は……」
 ルーミアがボソリとつぶやいた。何でもない言葉。しかし、子供たちは、ハッとした様子で彼女を振り返った。
「私は、止めた方がいいと思うよ」
 沈みつつある太陽を背負い、両腕を十字に広げ、ルーミアは顔を伏せたまま言葉を続ける。
 伏せられた顔が子供たちからは見えないのは、逆光の所為か。ルーミアの能力の所為か。
「夜になったら……食べなくちゃいけないから。友達でも」
 ルーミアは夜、村の外にいる人間を食べる。例えそれが村人でも。知り合いでも。友達でも。
「ねぇ、どうする?」
 そう言うとルーミアは顔を上げた。
 それは本当に先ほどと同じルーミアなのだろうか。眼は大きく見開かれ、縦に開いた瞳孔が子供たちを射る。横に開かれた腕は、獲物を逃さないためかのようだ。そして大きく裂けた口をゆがめ、にやりと笑う。まるで獲物を見つけた妖怪のように。……いや、実際に妖怪なのだが。
 しかし、それに相対する子供たちは動じない。なにしろ小さい頃からルーミアの友達をやっているのだ。むしろ、驚いたり怖がったりしたら、負けである。
「私は、ルーミアにだったら食べられてもいいな」
「もー、きよちゃん!」
 子供の言葉に、ぷぅ、と頬を膨らませる。先ほどの妖しい雰囲気は一気に霧散していた。裂けていたように見えた口も、いつもの大きさに戻っている。
「くすっ、冗談だよ、ルーミア」
 反対に微笑みを浮かべた少女は荷物を地面に置き、ルーミアの頬に手を添えた。
「でもね、もし食べられても、わたしはルーミアのことを恨んだりしないからね」
「じゃあ私も、もし食べるんだったら、痛くないように食べるね」
 一方ルーミアも、物騒なことを言いながら自分の手を相手の頬に伸ばす。
「でも――」
「だけど――」
 互いに、右手が相手の左頬に置かれた状態で、二人は笑みを浮かべた。他の子供たちも、ニヤニヤ笑いながらこの展開を生暖かく見守っている。
 一瞬の静寂。そして、
「ちゃんと怖がってよ人間――っ!」
「友達をおどかさないで妖怪――っ!」
 二人同時に口上を叫ぶと、互いの頬をつねり上げた。
「くぬーっ」
 少女二人の闘いに子供たちが投げやりな歓声を上げる。誰も止めようとしない。広場を通りかかる大人も、『元気だねぇ』と温かい目で見守るだけ。
 これが最近子供の間で流行っている『平和的な解決手段』である。妖怪同士なら弾幕ごっことなるのだろうが、子供同士だから頬のつねりあいだ。どちらにしろ、平和なことには違いない。
「いひゃいいひゃいー」
 相手のうめき声に励まされるように、二人とも指先に力を込める。目には大粒の涙。子供たちの柔らかい頬はおもしろいように形を変えている。ここまで来たら後は意地の張り合いだ。いくら妖怪だって、痛いものは痛い。
「……その辺にしといたらどうさね」
 盛り上がっている後ろから、不意に声がかけられた。年を取った女性の声。
「あ、おばば」
 振り返った子供達の前に立っていたのは、この村で最高齢の女性である。通称おばば。本名を知る人は少ない。
「ちぇっ、あと少しで、私の勝ちだったのにー」
「えー、わたしの方が、勝ってたもん」
 そう言いつつ二人とも素直に、互いの頬から手を引く。実のところ、二人ともいい加減に止めたいなー、と思っていたところである。
 老婆はそんな二人をにこにこと笑みを浮かべながら眺めていた。まるで全てお見通しだという風にも見える、そんな老婆である。
「それでおばば、何か用事?」
 子供とはいえ、重要な村の人員である。子供達にもできる作業はたくさんあり、そういった用事を申しつけられることは珍しいことではない。
 それを念頭に置いた問いかけに、しかし老婆は笑みを浮かべたまま首を横に振った。
「ちょっと、ルーミアに用事があっての」
「えーっ」
 非難の声を上げる子供達。しかし、敬老精神という重要なものを忘れた子供はいない。それにルーミアはおばば以上に年を取っているのだ。年を経ている者同士、話したいことがあるのかもしれない。
「じゃあルーミア、また明日なー」
「明日は寝坊するなよっ」
「もーっ、それはもう分かったってー」
「あははっ、じゃあ明日ねー」
 手を振りながら、子供達が走っていった。後に残されたのはおばばとルーミアの二人だけである。
 ルーミアは老婆の顔を見上げながら、首を傾げる。
「用事って、何?」
「人を食べたんじゃろ?」
 いかにも当たり前の様な口調で返す老婆。一方、なぜかルーミアはうつむいてしまう。
「うん……」
 返答も歯切れが悪い。子供達にはあれほど奔放に話していたというのに。
「じゃあ、行くとするかの」
 老婆を先頭に、二人は村の外れ目指して歩き始めた。ルーミアの家がある方向とはまた別の方向である。


 そこは墓場だった。墓石がわりの大岩や卒塔婆が、雑然と並んでいる。
 その一角、小さく盛り上げられた土に、卒塔婆が刺さっている。そこには何も書かれていない。何と書いたらよいか迷った末、答えが出なかったからだ。
 その小山の前に、老婆と少女が並んで立った。
「……これ」
 少女が洋服のポケットから何かを取り出した。見た目はただのハンカチである。ぎゅっと握ったまま老婆に渡すと、ルーミアは神妙な顔つきのまま、墓に向き直った。
 老婆はそのハンカチをそっと開いた。中に入っていたのは一房の髪の毛。おそらく、男のものであろう。僅かに白髪の交じったそれからは、化粧や香水ではない、変に甘いような匂いが漂ってくる。
 老婆はそれをぱらぱらと墓の上に蒔いた。いくらかはそのまま墓の上に落ち、いくらかは風に乗って散らばっていく。
 その様子を見ながら、手を合わせた。夕日が二人を赤く染める中、互いに黙したまま祈りを捧げる。そのまま何分が経ったことだろう。
「……あかね」
「名前で呼ばれるのは久しぶりじゃの。なんじゃ?」
 あかね、と呼ばれた老婆は、ゆっくりとルーミアを見下ろした。一方ルーミアは、前を、墓を向いたまま、答える。
「今日ね、きよちゃんに言われたの。ルーミアにだったら食べられてもいい、って」
 きよちゃんのゆったりした物言いを真似てみせる。
「でも、私はもう、友達は食べたくないよ」
 ルーミアのつぶやくような声。
「でも、食べなくちゃダメなんだよね。夜、外であったら」
「……そうじゃな」
 ルーミアは常闇の妖怪である。夜の闇に対する人間の恐怖――例えば夜、外に出ると妖怪に化かされ食べられてしまう、といった言い伝え――が形を成し、命を持ったものだ。
 そんな彼女が夜、人間を食べなかったらどうなるか。
 人々は闇への恐怖を忘れてしまうかもしれない。人々は夜に外を出歩くようになり、他の妖怪に食べられてしまうかもしれない。いずれにしろ自分たちを恐れる人間が居なくなった妖怪もまた、姿を消すことになってしまう。
 幻想郷の外に、妖怪が居なくなってしまったように。
 ルーミアは、そして夜の闇に人間を食べる妖怪は、安全装置なのだ。幻想郷に生きる人間にとっての。幻想郷に生きる妖怪にとっての。そして、幻想郷それ自体にとっての。
 しかし――。
「そうじゃな。きっと変わる。変わっていくとも」
 そういいつつ老婆はルーミアの頭を、リボンを撫でる。彼女の姉がルーミアに残した遺品を。再び触れるようになるまで長生きするとは想像もつかなかったが。きっとこれも、姉の思し召しなのだろうと思う。
「そのうちきっと、友達を食べなくてもいい時代になるじゃろうて」
 それは単なる希望、単なる夢、単なる幻想である。しかし、そんな幻想も、幻想郷ならば実現するように思えた。かつて独りだったルーミアに、友達ができたように。
「うん……」
 ルーミアもただ老婆に寄り添い、撫でられるに任されている。この様子だけ見れば、仲の良い祖母と孫娘のようだ。
 そして、時が満ちる。
 紅かった空が黒く染まり始める。昼間が終わり、夜が始まるのだ。妖怪達の時間である、夜が。
「じゃあいってきまーす」
「ああ、気をつけてな」
 その夜空に、ルーミアはふわりと浮き上がった。自分の務めを果たすために。
 人間を見つけたらまた問いかけるのだ。答えられぬ人間を食べるために。愚かな人間をふるい落とすために。不要な人間を排除するために。
 全ては幻想郷のバランスのために。




「あなたは、食べられる人類?」






 翌朝、墜落して目を回しているルーミアが、畑仕事に出かけようとした村人に発見された。
「また紅白にやられたー」
 これもまた、ルーミアの日常である。

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