お弁当を作りましょう

【ゴールデンウィーク直前】

 初出:2001/10/20

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「香里ー、また明日ねー」
 名雪の眠そうな声に手を振って答えると、あたしはさっさと教室を出る。
「あっ、お姉ちゃん」
 すぐのところで栞とはち合わせた。急いで来たのだろう、息まで切らせている。
 危ないところだったわ。また教室の入り口で「おねーちゃーん」なんて呼ばれるところよ。嫌じゃないけど……なんか恥ずかしいじゃない。
「早かったわね。さあ帰りましょうか」
 あたしは動揺も見せずに微笑みかけると、急いで教室を離れる。栞が来た、ってことは、あとの二人も――。
「祐一ーっ」
「うぐぅ、また負けたーっ」
「だーっ、いいから叫びながら教室に入ってくるの、やめろーっ」
 背後からいつも通りの大騒ぎが聞こえてくる。まったく、いつからこんな騒がしくなったのかしら。
「お姉ちゃん、何か楽しそうですね?」
「そういう風に見える?」
「はい、とっても」
 そして自分でも意外だったけど……結構こういうの、嫌いじゃないみたい。
 こういう、何気ない日常に笑える日々、っていうのが。

「お姉ちゃん、これ読んでくださいっ」
 帰り道。隣を歩く栞から突然一枚の紙を渡された。
「……ラブレター? あたし、そんな趣味ないわよ?」
「そんなこというお姉ちゃん、嫌いです」
 二人顔を見合わせ笑い出す。ま、ラブレターにしても色気のない紙よね。数学のプリント、なんて。
 綺麗に折り畳まれたそれをガサガサと開いてみる。まず目に飛び込んできたのは、タイトルであろう『遊園地お弁当制作計画書』という大きな文字。そういえば明日みんなで行く遊園地、お弁当は栞が作るっていいだしたのよね。……関係ないけど、この場合の『制作』ってこれでよかったのかしら? 『製作』?
「…………」
 横からジッと見上げている栞の視線を感じて読み進める。えーと――。
 …………。
「栞?」
「はい?」
「これ……どれを作るの?」
「全部です」
 冗談……なのかしら。時々栞、冗談のようなことを本気で言うし。この前は全長十メートルの雪だるまを作る、だったかしら。
「これ……誰が作るのよ」
「もちろん、私が作りますっ」
「…………」
「あ、できれば……その……お姉ちゃんにも手伝ってもらえたらな……なんて」
 あきれた。本気でこれ、一人で作るつもりだったのね。
 でも……ここは涙を呑んで、はっきり言わなきゃ。
「無理ね」
「えぅーっ」
 とたんに涙目になる栞。ちょっと心が痛むけど……でもしょうがないじゃない。
「北京ダックなんてどうやって一晩で作るのよっ!」
「えーと……努力と根性で……」
「栞!」
「冗談です」
 と澄まして言った後、真顔で聞いてきた。
「そんなに大変なんですか?」
「北京ダックだけでも二日はかかるわね」
 あたしもよくは知らないけど……水アメを塗って、乾かして……そんなことを繰り返すのかしら? 大体どこで北京産のアヒルなんて手に入れるのよ。他にも豆腐とか納豆とか自家製ハムとか時間のかかりそうなのがたくさん書いてあるし……。時間がかかる以前に、納豆なんてお弁当にいれてどうするのよ。
「一週間かかっても作れないわね、これじゃあ」
「そうですか……」
 あたしは鞄から赤ペンを取り出すと、どうやっても一晩じゃ作れそうもないものを次々に消していった。……仏跳墻? なにこれ……?
「あ、それはとってもおいしいスープらしいんですよ。なんでもお坊さんが塀を跳び越えて飲みに来るほどいい匂いがするとか……」
「へぇ、よく知ってるじゃないの」
「漫画で読んだんです。真琴ちゃんに貸してもらった料理の漫画に――」
「よーくわかったわ」
 まったく……最近栞の言動がちょっとヘンだと思ったら、原因はあの娘だったのね。あとでよーくいっておかなきゃ。……相沢君に。直接言うのは……ちょっと……ね。あの娘、何か少し苦手なのよ。嫌いっていうんじゃないんだけど、直情的なところとかあたしと正反対で、馴染めないみたいで。
「で、材料は?」
「えーと……高麗人参と鹿の角とツバメの巣と……」
 あたしは無言で赤線を入れる。
「えぅーっ」
「いくらすると思ってるのよ」
「あぅーっ」
「真琴ちゃんの真似してもダメっ」
「……残念です」
 本当に残念そうに肩を落とす栞を横目に、最後までチェックを入れる。
「……とりあえず、こんなところかしら」
「たくさん減っちゃいました……」
「まだたくさん残ってる、って言って欲しいわ」
 これでもまだ三十品目以上残ってるのよ。
「本当に全部作るの?」
「はいっ」
 じっとあたしを見つめる瞳。言い出したら聞かないのよね、この子。
「しょうがないわね。ほら、急ぐわよ」
「え?」
「商店街、急がないと閉まっちゃうわよ」
「……ありがとう、お姉ちゃん」
「お礼は無事仁お弁当が出来てからよ」
 冗談でも何でもなくあたしはそう言いきった。今日中に終わるのかしら。
「あ、そうだ、お姉ちゃんっ」
「何?」
「ついでに洋服も買いませんか? 明日着ていくようなの」
 ……まだ甘く見てるようね。あたしはため息をついた――。

「ちょっと……待って……ください」
 振り返ると、人混みの中に栞の姿が消えている。慌てて駆け戻ると、荷物を下ろしてへたり込んでいた。
「大丈夫? 栞?」
「ちょっと休めば……平気ですっ」
「強がらないのっ!」
 だって頬まで青ざめてるのよ。
 考えてみればまだ退院してから一月半しか経ってないのね。気にしていたつもりだったのに……甘かったわ。
「ほら、掴まって」
「……ありがとう、お姉ちゃん」
 栞を道端の段差に腰掛けさせると、荷物も移動させる。栞には重すぎたみたいね。これから作る分の材料と、明日着ていく服しか買ってないんだけど……。
「これ……明日までに全部料理できるんでしょうか……」
 初めて不安そうな顔を浮かべる栞。
「それなら買う時に気づいて欲しかったわ」
「……呆気にとられてたんです」
「呆れた。だったら気が付いたときに言えばいいのに」
「でももう買っちゃったものだし……」
 そういうと視線を下げて俯く。
 まったく……。この子、要領が良さそうに見えて、実はものすごく要領が悪いのよね。
 でも……それはその分純粋ということなのかもしれない。だから……あたしには少しうらやましい。
 そして……罪悪感が浮かぶ。こんな栞をあたしはあの時……。
「ごめんなさい……また迷惑、かけちゃってますよね……」
 俯いたままボソボソと声を出す栞。
「もう。そう謝らないのっ」
「でも……」
「あたしがやるって決めたから、やってるのよ」
 そういうとあたしは荷物を分け直した。栞には洋服とか軽いもの。あたしは牛乳とか重いもの。試しに持ってみると……う。さすがのあたしにもちょっと辛い。けど、それを顔に出すわけにはいかないわね。
「そろそろ大丈夫?」
「はい」
 もう顔色も元に戻っている。栞も荷物を持ち上げ……うん、これなら大丈夫そうね。
「じゃあ行きましょ。今日は大変よ? もしかして寝れないかもしれないわよ」
「えーっ、夜は寝ないとお化粧のノリが……」
「はいはい、そういうことは見せる相手が出来てから言ってね」
「そんなこというお姉ちゃん、嫌いですー」
 最近ようやっと慣れてきた、何気ない冗談と笑い。
 これでいい……栞には笑っていて欲しいから。もうあんな想いはさせたくないから。
 それが……せめてもの罪滅ぼし――なのかもしれない。あの時栞のことを無視してしまったことへの。あたしが出来ることは何でもしよう……栞が還ってきた時、そう決めたから。
 ――気が付くと栞があたしの顔をじっと見上げている。
「なに?」
「――ありがとう、お姉ちゃん」
「お礼は無事仁お弁当が出来てからよ」
 笑いながらそういうと、栞も満面の笑顔で答えた。
「はいっ、頑張りましょう、お姉ちゃんっ」


 ――その夜――。
 キッチンは戦場だった。
「私……もう笑えないです……」
「初めてだから仕方ないわよ」
「奇跡は……起きないから奇跡っていうんですよね」
「大丈夫よっ! まだ朝まで六時間はあるわっ」
「私……もうゴールしてもいいですよね……」
「まだよっ、まだデザートが何も出来てじゃないっ」
「お姉ちゃん……私のこと、忘れてください……」
「ダメよっ、誰のためにやってると思ってるのよっ!」
「あぅーっ……」
「だから真琴ちゃんの真似してもダメっ!」
 結局キッチンの明かりが消えることはなかった――。


−終−


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