猫と暮らしましょう(改訂版)

【四月後半】

 初出:2001/01/04
 改訂:2001/11/18

[前の話へ戻る] [一覧に戻る] [次の話に進む]

 夢。夢を見ています。
 昔の夢。
 楽しい夢。
 笑っている私。
 傍らにはあの子。
 何も知らなくて。
 だから楽しくて。
 そのまま……。
 いつまでも暮らしていたかったあの日。
 そして──
 二度と帰ってこない日。
 あの子はもういないのだから……。
 けれど──

 頬に生暖かいものを感じ、目が覚めました。枕の上の首を回すと、獣の顔がそこにあります。獣──いえ、猫。
「うな〜」
「あなた、また来ていたの?」
 布団から半身を起こすと、その猫を抱き上げます。名前はぴろ。飼い主のことを考えると、ぴったりの名前です。
「お家には帰らなくていいの?」
 四肢をだらりと伸ばした猫の顔に、自分の顔を近づけます。見つめ合う瞳と瞳。
「にゃっ」
「きゃっ! ……もう、悪戯好きなところもそっくりですね」
 伸ばした舌で舐められた鼻の頭を、寝間着の袖でそっと拭きます。その隙にぴろは私の腕から抜け出すと、機敏に床へと降り立ちました。
「にゃー」
「なあに? お家に帰るの?」
「にゃ」
 部屋の入り口で私のことを振り返ると、さらに一声。まるで私のことをどこかに連れていこうかとするように。いつものように、本来の自分の家に連れて行け、ということなんでしょうが……。
 その様子を見ていると、あの時の事を思い出します。相沢さん、そして真琴と出会った頃のことを。私の人生が再び替わったあの日々のことを──

 それは冬──もう三ヶ月近くも前のこと。私は困惑していました。いえ、混乱していた、といった方がいいでしょうか。原因は、学校の校門で佇む一人の少女。私にはなぜか一目でわかりました。あの子の仲間だ、と。変ですよね。容姿も……もちろん性別も違うのに。多分雰囲気が……何より誰かを待っているその様子が、あの子の面影と重なったからかもしれません。
『なにやってんだ、あいつ……』
 すぐ側で聞こえた呟きに、私は思わず反応してしまいました。そこにいたのは、一人の男子生徒。それが相沢さんとの出会いでした。
 話をする程に確信は深まり……そして混乱も広がりました。
『これ以上、私を巻き込まないでください』
 いつだったでしょう。こんな事を言ってしまったのは。でも、もう私はあんな思いをするのは嫌でした。あんな……心を通じ合った者が消えていくのを見守るしかないことは。それに私に出来ることは何もない。そう思っていましたから。
 そんな時です。ぴろに出会ったのは。もっともその時は、名前なんて知りませんでしたけれど。
『あ……猫……?』
 努めて何も考えないように歩を進める帰宅路。その途中で、一匹の猫が私を出迎えました。出迎える……というのは変ですね。ただ座っていただけですから。でもそこは私にとっては特別な場所。あの子が私をいつも待っていた曲がり角。だから、出迎えられたと思ったのでしょう。
『なー』
『どうしたの? お腹が空いてるの?』
 私は気が付くと、その猫に手を指し伸ばしていました。この猫の世話をしていれば気が紛れるから。そう思ったことは否定できません。
『なー』
 警戒もせずに私の指に頬を擦り付ける猫を見ているうちに、連れて帰ろうと思っていました。幸い……といっていいのかどうか解りませんが、親は私に干渉することはありません。あの事があってから……。
 その夜。久しぶりに自分以外の生き物の温もりと一緒に床についた私は、夢を見ました。あの子の夢を。とはいっても、何も言わずにじっとこっちを見つめるだけで……そしていつしか顔があの真琴の顔になっているのです。
 そんな夢を見ているうちに思い出していました。あの時自分がどんな気持ちだったか。そして今相沢さんがその状態なのだと言うことを。
 翌日学校に行っても、そのことばかり考えていました。相沢さんにこの事を話した方がいいのか。それは辛い事実を突きつけると言うこと。でも、私の二の徹を踏んで欲しくはありません。
 いくら考えても答えは出ないまま授業も全て終わり、家に帰るとすごい光景が飛び込んできました。
『こ、これは……』
『うーにゃーっ』
 空きだらけになってしまった本棚。かわりに辺り一面に散らばっている本。その本の海のどこかからか聞こえてくる猫の鳴き声。
『……しょうがない子ですね』
 ため息を一つ付くと、子猫を探しつつ本を片づけることにしました。半分くらい片づけたところでしょうか。ようやく一冊の本の下敷きになっている子猫を発見しました。
『うにゃっ』
 結構厚めの本の下敷きになっていたにしては元気な様子で、差し出した指を舌で舐めようとします。その様子に一安心した私は何気なく上に被さっていた本に目をやり、愕然としました。
 それは……一冊の写真帳。カメラに向かって嬉しそうに笑いかけ──。嬉しそうに私のプレゼントをかかげ──。楽しそうに庭で飛び跳ね──。そんな楽しかった時間を、記憶と共に封じ込めたもの。本棚の奥に押し込め、見ることも思い出すことも止めたはずのもの。
『どうして……』
 単なる偶然なのかもしれません。けれど私にはこれは、あの子の意志のように思えました。やはり全てを話そう。私は決心しました。
 陸上部に所属している同級生の電話番号を調べ、彼女から陸上部の部長である水瀬さんの電話番号を教えてもらいます。うわさ話で、相沢さんが陸上部の部長の家に同居しているのは知っていましたから。
『あの子は、どうしてますか?』
 駅前に来てもらった相沢さんから話を聞き、私はかろうじて間に合ったことを知りました。すでに真琴は熱を出したとのこと。熱を出すときに力を失う。大抵はそこで消えてしまう。消えなかった場合も、二回目の発熱を乗り越えることはない。あの子との事があった後、調べた知識。本当はあの子を復活出来ないかと調べたものですが。
 私はこの知識を全て相沢さんに伝えることにしました。当時はまだこの話をするだけでも辛かったのですが……。
『どうか強くあってくださいね』
『おう!』
 その言葉通り、相沢さんは現実と正面から向かい合うことにしてくれたようでした。
 相沢さんと会った翌日……そしてさらに次の日も、終業のチャイムと同時に校門を矢のような勢いで飛び出していく相沢さんの姿を見ました。
 これでいい。たとえ結果はどうであれ、私のように後悔することはないはず。そう思いました。もっとも、家に帰り子猫の相手をしていても、いつのまにか彼らのことを考えているのでしたが。
『今から、帰り? じゃあ、一緒に帰るか』
 さらにその翌日、昇降口で出会った相沢さんは、何かを話したそうでした。愚痴でしょうか。恨み言でしょうか。そう身構えた私に向かって発せられた言葉は、思いもよらぬものでした。
『会ってやってくれないか、あいつに』
 それを聞いた時、私は内心自分の考えの浅はかさを責めていました。以前相沢さんから『真琴と友達になって欲しい』と言われていたことを思い出したからです。
 相沢さんは、真琴の望むものを全て与えるつもりでした。今の相沢さんなら、真琴と結婚することも厭わないのでしょう。そのような純粋な思いを拒否する術は、私にはありませんでした。
『はい』
 そして私と真琴は友達になったのです。翌日、私は意を決して相沢さんのクラスを訪れました。見知らぬクラス……それも上級生のクラスを訪れるにはそれは勇気が要ったのですが、どうしても相沢さんに伝えたいことがあったのです。
 ですが、相沢さんは学校を休んでいました。代わりに私の相手をしてくれたのは長い髪の美しい人、水瀬さんでした。
『祐一は休んでるよ。ちょっと家族の看病をしてるんだよ』
『家族……真琴のことですか?』
『うん。……あれ、真琴のこと、知ってるの?』
 真琴のことを家族と呼ぶ……。もう私はそのことが確認できれば十分でした。なぜなら私が伝えたいことはそのことでしたから。あの子たちが欲しがっているものは人の温もり。そして相沢さんと水瀬さんの家族は、それを与えていることがわかりました。
 そして相沢さんは残り少ないであろう真琴との時間を、全て真琴と共に費やすことに決めたようです。もう、私に助言できることは何もありませんでした。
 次の日は日曜日。やはり二人のことが気になります。相沢さんの所を訪れることも考えましたが、二人の時間を邪魔してはいけないと思い直しました。二人に対して出来ることは、もう私にはないことが解っていましたから。結局一日、猫の世話をして過ごしました。
 そして月曜日。いつものように制服に身を包み、学校に行こうと玄関の扉を開くと、私の横を飛び出して行く影が一つ。
『うにゃっ』
 あの猫です。学校に行くのとは反対の曲がり角で立ち止まると、私の方を振り返り短く鳴き声をあげました。まるで『ついてこい』とでも言うように。
 私が迷ったのは数秒でした。きっとこれも何か真琴に関係することなのでしょう。この数日の体験から、そう思えるようになっていました。再び走り出した子猫を、私も鞄を胸に抱えて追いかけます。
 どれくらい走ったことでしょう。気が付くと猫の姿が見えません。でも、見失った……と思うよりも先に自分がどこにいるかを知って驚いていました。水瀬邸の前でした。
 ゆっくりと息を落ち着かせていると、玄関が開き相沢さんと真琴が姿を見せました。相沢さんの表情、そして真琴の顔色。
(このためだったんですね)
 そして私は二人と学校まで同行することができました。少しくらいは二人の心の安らぎにはなったのでしょうか。
『さっき言った奴に声をかけておいてくれよ』
 学校に着いた後、私は水瀬さんを呼び出す役目を請け負い、二人に背を向けて歩き出しました。振り返らずに。振り返ったら……泣いてしまいそうでしたから。
 二年生の教室へ行き水瀬さんを呼び出した後、授業に出る気にもならずそのまま帰ることにしました。授業に出たところで、内容が頭に入る状態でもありませんでしたし。そしてあの曲がり角で、猫に出迎えられました。
『うにゃ』
 その鳴き声が、慰めるように……そして労をねぎらうかのように聞こえたのは、穿ちすぎというものでしょうか。言葉もなく猫を抱き上げると私は、そのまま自分の家に……自分の部屋に駆け込みました。
 部屋の扉に鍵を掛け……それが限界でした。そのまま膝をついて泣き出してしまったのです──。
 翌日、頬を撫でるざらざらした感触で目が覚めました。
『にゃー』
 どうやら、この猫はまだうちに居続けることに決めたようです。そして、私も面倒をみることにしていました。今までの行動から、何か妖狐と関係のある存在のように見えたから……というのもあります。それより、私の取るべき道を教えてくれたお礼、ですね。多分この子がいなかったら私も……そして相沢さんも後悔していたでしょうから。
 それからこの猫は基本的に私の部屋で暮らしていました。時々数日いなくなることもありましたが、あまり気にしていませんでした。猫は本来気ままなものですから。
 そして日々が流れ──

 寝間着から着替えつつ、今までの事を思い返していました。
 ぴろが水瀬家の猫だと知ったのは、真琴が帰ってきてから。以降真琴と暮らしているはずなのですが、時々私の部屋にまたやってくるのです。時々……いえ、結構頻繁に。それが嫌という訳ではないのですが。
 春らしく落ち着いた色合いのブラウスに袖を通しつつ、ぴろに声をかけてみました。
「お前、うちで暮らしたいの?」
 しかし私の問いかけに答えず、日溜まりに転がって気持ちよさそうに目を閉じています。そんなぴろを見ながら、今日はこのことを相沢さんと真琴に聞いてみよう、と思いました。私もできれば、ぴろと一緒に暮らしたいですから。
 なぜかは分かりませんが、ぴろと一緒にいると落ち着くのです。まるであの子と一緒に過ごした時のように……。
 用意を整えた私は、ぴろを抱えて水瀬家への道を辿ります。もうすっかり道筋は覚えてしまいました。けれども、道の様子は日々変わっています。木々が青い葉を茂らしている代わりに、桜の花びらもすっかり散ってしまいました。
 そういえば、あの子と出会ったのもこんな季節でしたね。
 ふとあの子の面影を思い出し、少しだけ感傷的な気分になります。
「にゃ?」
 そんな気配を感じ取ったのでしょうか。腕の中のぴろが、首を回して私のことを見上げます。
「なんでもないですよ」
 そういいつつ頭を撫でてやると、また安心したかのように首を体に埋めます。本当に不思議な猫ですね。この子と真琴は一体どうやって知り合ったのでしょう? 後で聞いてみるべきことが一つ増えました。
「あらこんにちは、いらっしゃい」
「こんにちは」
 水瀬邸の前で、家主の秋子さんと出会いました。優しさの中に強さが、明るさの中に落ち着きが見える、女性の私から見ても素敵な人です。いつか私もこの人のようになれるのでしょうか。
「うにゃ」
「ぴろお帰りなさい。天野さん、いつもご苦労さま」
「いえ……」
 お帰りなさい……。ぴろも家族の一員なのですね。そんなぴろを私の家で飼いたいというのは、やはり無理な相談なのでしょうか。
「どうぞ入って。祐一さんも真琴も中にいますから」
「はい、ではお邪魔します」
 そう言いつつ、秋子さんが開けてくれた玄関を潜ります。
「こんにちは」
「あっ、美汐……あーっ、ぴろっ」
 ちょうどリビングでお喋りをしていたらしく、真琴と相沢さんが出迎えてくれました。
「また美汐の所にいってたんだー」
 早速真琴のしっぽにじゃれだすぴろ。
 でも真琴は左右にしっぽを振って、それを巧みにあしらいます。
「ふふ、お上手ですね」
「最初はしっぽに爪が引っかかって、大変だったんだよなー」
「あぅーっ、嫌なこと思い出させないでよぅ」
 そう言いつつ三人ともリビングのソファに腰を下ろします。
「ゆっくりしていってくださいね」
 秋子さんが、日本茶の入った湯飲みを持ってきてくれました。焙じ茶の香ばしい薫りが辺りに広がります。
「名雪さんとあゆちゃんはどうされたんですか?」
「名雪は部活。大会が近いんだとさ。日曜日だってのにご苦労なことだ」
「あゆはなんか、捜し物があるんだって」
「ま、あゆはともかく、名雪はいなくてよかったよ」
「はあ、どうしてですか?」
「あいつ、猫が好きなくせに猫アレルギーなんだよ」
 そういえばそんなことを聞いた気もします。でも……。
「じゃあぴろがいたら大変なんじゃないですか?」
「そーなのよっ! 大変なんだからっ」
 突然激高する真琴とは対照的に、遠い目をする相沢さん。
「この前も……ぴろを抱えて一晩中部屋に閉じこもって……出てきたときには両方とも、涙と鼻水まみれで……」
「ぴろのこと洗うの、大変だったんだからーっ」
「……それで私の所に逃げ出してくるんですね」
 その様子を想像して、思わず身を震わせてしまいました。手を伸ばしてぴろの頭を撫でてやります。
「お前も大変なのね」
「うにゃ」
 まるで私の言うことが解っているかのようなタイミングで鳴き声を上げるぴろに、三人とも笑い出してしまいました。ひとしきり笑いが収まったところで、私は当初の予定通り話を始めました。
「あの……そういう状況だから、というわけではないんですが……」
「ん? なに、美汐?」
 顔に疑問を浮かべつつぴろを抱き上げると、頭に乗せようとする真琴。
 ……乗るものなんでしょうか?
 そんな疑問をよそに、まるであつらえたかの様に頭の上に収まってしまいました。収まるというのもちょっと変な表現ですが。
「あぅーっ、おもーい」
「もう子猫って感じでもなくなってきたからなぁ」
 そんな様子を見ていると、話すのを躊躇われてしまいます。なにしろ仲の良い一人と一匹を引き離すような話なのですから。ついつい別の話に逃げてしまいました。
「そういえば、ぴろとは一体いつからの知り合いなのですか?」
「あぅー、えーと……」
 不意に難しい顔で考え出す真琴。そんなに難しい質問だったのでしょうか?
「なんだ、忘れたのか? 薄情だなぁ」
「あぅーっ、違うわよぅ。でもね、確かじゃないの」
「確かじゃない……ですか?」
「うん。ぴろを飼い始めたのはこの家に来た後だったんだけど……その前……人間になった時に、ぴろが最初に面倒を見てくれた気がするの」
「あぁ、そういえばそんなこと、前に言ってたなぁ」
 初耳でした。そういえば真琴が最初にどういう状態で人間になったか、聞いたことはなかったですね。
「面倒をみてくれたとは、具体的にどういうことをしてくれたんですか?」
「財布を置いていってくれた気がするの。人間になったばかりの時だったし、よく覚えてないんだけど……」
「そうそう。男物のずいぶんと色気のない財布だったよなー。お前はそれでも使ってたけど」
「いいじゃないよぅ。せっかくぴろが用意してくれたんだからぁ」
 財……布? ぴろが用意した……財布? 男物の……?
 まさか……まさかですよね。でも……でも──
「その財布……見せてもらえませんか」
「え? うん、ちょっと待ってて」
 怪訝そうな顔をしつつもさっと立ち上がると、軽快に階段を昇っていきます。けれどそのリズミカルな足音も聞こえないほど、私は動揺していました。
「天野、どうしたんだ?」
「…………」
 そんなに酷い顔でもしていたんでしょうか。相沢さんが心配して声をかけてくれました。ですが答える余裕もありません。あのときの行動、夢、そして財布。もし私の考えが正しければ──
「……はい、これっ」
 気が付くと目の前に立った真琴が、その手に持った財布を私に差し出していました。
 見覚えのある財布を。
「やっぱり……これは……これは……」
「どしたの美汐っ?」
「お、おい天野」
 真琴から財布を受け取ると私はそれを抱きしめました。やっぱり……そうだったんですね。
「美汐……泣いてるの?」
 え……?
 言われて気が付きました。私は涙を流しています。もうあの子のことでは泣かないと、決めたはずだったのに。
 でも……いいですよね。これは嬉し涙なのですから。
「天野……」
 相沢さんが差し出してくれたハンカチで涙を拭くと、私は二人に向き直りました。
「これは……この財布は……私があの子に買ってあげたものです」
「あぅ? あの子……?」
「もしかして……天野の所に来たっていう……」
「ええ、そうです。狐の子です」
「そうなんだーっ。すごい偶然ねぇ」
 素直に喜んでくれる真琴。その無邪気さに思わず笑みがこぼれます。
「あのね、真琴。この財布はあの子と一緒に消えたんですよ。あの丘で」
「じゃあ……なんでここにあるんだ?」
「この財布と一緒に真琴の所に現れたのは……誰でした?」
「……ぴろ……だけど」
 私は手を伸ばすとぴろを抱き上げました。そのまま優しく、財布と一緒に抱きしめます。
「まさか……ぴろとその天野の所に現れた狐に、何か関係があるっていうのか?」
「あぅー、そうなの……?」
 二人とも怪訝そうな顔をしています。無理もないですよね。
「実は……こんなことがあったんですよ──」
 そして私は二人に語りました。あの冬の日々に何があったのかを──。
「そんなことが──」
 口を半分開けたまま絶句する相沢さん。
「じゃあ……じゃあぴろって……真琴の仲間……?」
「そうなのかもしれませんね」
「あぅーっ」
 やはり目を丸くしたまま絶句する真琴。
「うにゃー?」
 腕の中から私のことを見上げるぴろ。
「姿も違うし……多分あの頃の記憶も、意識もほとんど残ってないのでしょうけど……でも戻ってきてくれたんですよ、きっと」
 膝におろし指先でぴろの喉元をそっと撫でます。
「うにゃぁ〜」
 ゴロゴロと満足げに喉をならすぴろの顔に、あの子の笑顔が重なって見えました。
「じゃ、じゃあぴろって、なんで猫なの? 真琴は人間に戻れたのに……」
「真琴っ! それは──」
「あぅっ、あ……美汐、ごめん……」
「いえ、いいんですよ」
 本当に優しい人たち……。あまり直接は話していませんが、秋子さんも名雪さんも、優しい人たちなのはよくわかっています。だから真琴は帰ってこれたのですね。
「きっと……想ってくれた人数の違いなのでしょう」
 そして、ようやく過去のこととして整理をつけられそうになった記憶に、想いを馳せます。
「あの子は……結局皆から疎まれていました。私の家族からも……。いなくなっても、帰ってくることを望んだのは私だけでした」
 むしろそれが普通の反応なのかもしれません。でもその結果、今もまだ家族の間に違和感が……不信感が残ったままになっています。
「でも真琴は皆から愛されて……。皆から還ることを望まれて……。もちろん、私もですよ」
 そこまで言うと私は立ち上がり、真琴の肩を抱き寄せました。
「あぅ……」
「だからそんな顔、しないでください」
 そのまま頭をかかえると、髪をそっと撫でてあげます。何度も、何度も。あの日……真琴と友達になった時と同じように。
 違うのは頭に生えている狐の耳だけ。それすら、最初から真琴に付いていたかのような錯覚を覚えます。
「うん……美汐、ありがと。……でも……これじゃ逆よぅ」
「いいんですよ。だって私たちは友達なのですから」
「あぅ……ともだち……うん……」
「それに真琴、あなたが現れたからあの子もこうやって帰ってきたのですよ」
「でも……でも美汐はそれでいいの?」
「ええ。ですから二人にお願いがあるんです」
「お願い?」
 怪訝そうな目で私を見る真琴と相沢さん。
「もしお二人がよかったら、この子は私が面倒を見てあげたいのですが」
 思ったより自然にその言葉は口に出ました。
「もちろんよぅっ!」
「真琴?」
「きっと真琴が祐一と一緒に居たいように、ぴろも美汐と一緒に居たいわよっ」
「真琴……お前さり気なく随分恥ずかしいことを言ってるぞ」
「あぅー……」
 私の腕の中で頬を赤く染める真琴。もっとも真琴と同じくらい相沢さんも頬を染めているのですが。
「でも真琴の意見には俺も賛成だぞ」
「相沢さん……」
「別に二度と会えなくなるってわけでもないし。またこうやって、うちに連れて遊びに来てくれるんだろ?」
「はい、もちろんです」
「できれば……名雪の居ない時にね」
「うにゃぁ」
 またしてもあまりにタイミングの良いぴろの鳴き声は、場を和ませるに十分なものでした。
「では……本当によろしいのですね」
「ああ」
「うんっ。ぴろ、美汐のとこでも行儀良くするのよっ……ってあぅ、そっか。名前、ぴろじゃないのよね」
「いいえ、ぴろでいいですよ」
「あはは、ありがとっ、やっぱりぴろはぴろ、って感じだもんねー」
 真琴と話しながら考えていました。確実にぴろがあの子の生まれ変わりと言うわけでもありません。それにもし……本当にもしまた奇跡が起きて、あの子が還ってきたら、その時こそ名前を呼んであげよう。それまでは名前を口にするのはやめよう、そう思っていますから。
「しっかし、この財布がねぇ」
 手持ちぶさたになったのでしょう。相沢さんがあの財布を手にじっくりと見ています。当時の私からすればこれがあの子に買ってあげられる精一杯のもので、そんな大したものではないのですが。
「それにしても随分と……えーと、無骨な財布だなぁ」
「失礼ですね、実用的なデザイン、と言ってください」
「う、無骨じゃ駄目か?」
「駄目です」
「あははっ、祐一はゴイがヒンジャクなのよぅ」
「ほほう、じゃあ真琴、お前の華麗な表現を聞いてやろうじゃないか」
「あぅーっ、えーと……その……」
 いつも通りの二人のやり取りを聞きながら、私はこれからのことを考えていました。この子との暮らしのことを。
 真琴との出会いで私が変わったように、ぴろとの生活がまた私を変えてくれる……。確信はないですが、そんな思いが浮かんでいました。きっと……望ましい方向へと。
「うにゃ」


−終−


もしよろしければ、感想をお願いします。

お名前:(必須です。ニックネーム等でかまいません)

評価: 最高! 面白かった まあまあ つまらなかった なにこれ

コメント:もしよろしかったら一言二言……

  

  

※ここで入力した感想は、このページで公開されることがあることをお断りしておきます。


[前の話へ戻る] [一覧に戻る] [次の話に進む]