部屋を決めましょう(改訂版)

【四月中頃】

 初出:2000/09/09
 改訂:2001/11/18

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「ごちそうさまっ!」
「はい、お粗末さまでした」
 みんなの声にいつもの笑顔を浮かべ、席を立とうとする秋子さん。
「お茶を入れますね」
「あ、わたしがやるよ」
 そういって腰を浮かす名雪を、軽い仕草で止める。
「今日は新しい茶葉を買ったの。最初はわたしが試すわね」
「じゃあわたし、食器片づけるね」
「真琴も手伝うー」
「落として割るなよ〜」
「あぅー、大丈夫よぅ」
 頬を膨らませ、むくれる真琴。その様子に、ついつい頬が弛んでしまう。
「なによぅ」
「いや、なんでもないぞ」
 上目遣いで不服そうに俺のこと見つつ、食器を重ねていく真琴。五人分の食器をまとめると、危なっかしげに運んでいく。しっぽがピョコピョコと左右に揺れるのが、まるでバランスを取っているようだ。
「祐一君、楽しそうだね?」
 入れ替わりにあゆが戻ってきた。湯飲みや急須を入れたお盆を、両手と羽で支えている。羽? いいのか? こんなことに羽を使って……。
 そんなことが頭の隅をかすめたが、とりあえず最初の疑問を聞いてみることにした。
「楽しそうって?」
「だって、祐一君、嬉しそうに笑ってるから」
 …………。
 そっか、笑ってたのか。
「いやなに。大したことじゃないさ」
「うぐぅ、気になるよ」
 だって恥ずかしいじゃないか。今が幸せで、笑ってしまった、なんて。
「あゆちゃん、祐一さんは今、この時が嬉しいんですよ」
「あ、秋子さん、わざわざ解説しないでくださいっ!」
 思わず抗議してしまう。秋子さんはいつもの微笑みでそれを受け流すと、あゆからお盆を受け取った。その手が魔法のように動くと、辺り一面に柔らかな香りが広がる。
「わぁ、いい匂いー」
「これって……カモミール?」
「ええ。たまにはハーブティーでもどうかと思って」
 真琴と名雪もその香りに誘われるように席に着く。
 そしてキッチンに沈黙が訪れる。優しい沈黙。言葉はなくとも会話をかわしているような錯覚を覚える。
 みんなもその雰囲気を感じて──
「あぅー……」
「ねぇ、そういえば……」
 ……そうでもなかったらしい。
「部屋って今のままなのかな?」
「部屋?」
 相変わらず、あゆの言うことは突拍子もない。
 とりあえず周りを見回してから、冗談半分に答える。
「そりゃあいきなり、キッチンが風呂場に変わったりはしないぞ」
「うぐぅ、そういうことじゃないよっ」
「いや、でも風呂場をキッチン代わりに使う奴はいたなぁ」
「えっ、そうなんだっ」
「かつて風呂の中に、味噌を一袋分入れてしまった狐が──」
「あぅーっ、そんな昔のこと言わないでよぅ」
 顔を真っ赤にして、全力で止めに入る真琴。その様子についついみんなで笑い出してしまう。事情を知らないあゆは、きょとんとしていたけど。
「あ、だからボクが言いたかったのは、部屋割りこのままなの? ってことだよ」
「あぁ、部屋割りかぁ」
 どういう経緯か忘れたけど、とりあえずあゆは名雪の部屋に同居している。
「あゆちゃん、わたしの一緒の部屋じゃ嫌?」
「うん……ちょっと……」
「なに、夜中にイタズラされたとか──」
「祐一っ!」
 カプッ!
「わかったっ! もう言わないから、噛み付くなっ!」
「……でも似たようなことだよ……」
「え?」
 驚いてあゆを……ついで名雪を見る。
「えーっ、わたしそんなこと、しないよー」
「あ、わざとじゃないんだけど……」
「わかった。夜中に『けろぴー』とかっていって、抱きつかれるんだろ」
「うー、そんなことしないって──」
「すごいっ! 祐一君、なんでわかったの?」
 当たってしまった。まさか名雪のけろぴー好きもここまでとは。
「……ということだけど、何か反論は?」
「くー」
「寝るなっ!」
「……冗談だよ」
「でも、あゆに抱きついたのは冗談じゃないだろ」
「うー……不可抗力だもん……」
 不満げな顔で口をつむぐ名雪。
「でもそれだけで部屋、替わりたいの?」
「うぐぅ、真琴ちゃんもやられてみるとわかるよっ」
 その時の様子を、身振り手振り羽振りを交えて大げさに説明する。
「こんな風にぎゅーっと抱きしめられるんだよっ」
「それはなんとも羨まし──」
 ガブ。
「ぎゃぁっ、く、首に噛み付くのは反則だーっ」
 狐娘になったせいか、犬歯も微妙に延びていて、それがまた実に痛い。
 というか本気で痛いっ!
 全身を使って振り回し、なんとか引き剥がす。
「少しは手加減しろっ!」
「あぅーっ、祐一が悪いのよぅ」
「だってあれは健全な男としての、普通の反応だぞ」
「それくらい、真琴がいつでもやってあげるわよぅ」
「え──」
「わっ、大胆……」
 たちまち真琴の顔が真っ赤に染まる。
「あ、あぅーっ、今のなしっ! 忘れてっ!」
 その様子に笑いつつ、ぺたんと伏せられた狐耳ごと頭を撫でてやる。
「まぁその気持ちだけ、ありがたくもらっておくよ」
「あぅぅー……」
 さらに顔まで伏せてしまった真琴の頭を撫でつつ、さっきの話を再開する。
「で、あゆは部屋を替わりたい、と」
「うん。それに寝るときは羽を伸ばしたいし……」
「……そういうもんなのか?」
「うん。消すこともできるけど、やっぱり出しといた方が楽なんだもん」
 パサパサと軽く羽を振るいながら答えるあゆ。
「そういえば学校ではどうしてるんだ?」
「消してるよ」
「でもみんな、あゆが天使だってこと知ってるんだろ?」
 そう、もはやクラスメイトは、あゆが天使だということも、真琴が狐娘だということも知っている。元からそんなに隠すつもりもなかったけど。幸い、みんなには受け入れられているようだ。
 でも……。
「やっぱり、嫌がる奴とかいるのか?」
「そんなことないよっ。みんないい人だよ」
「じゃあどうして……?」
「後ろの人が、黒板見えないんだって」
「あ、そ、そう」
 よかった。クラスメイトが適応性の高い連中で。
「祐一、心配しすぎよぅ」
「そうかなぁ」
「心配もしますよ。なにしろ、大切な家族のことですから」
 ぐあ。秋子さんにはかなわないな。
 でもあたりには再び優しい空気が流れる。今度は真琴もあゆも、その雰囲気にひたっているようだ。

「ところで──」
 何分経ったことだろう。名雪が申し訳なさそうにその邪魔をする。
「部屋はどうするの?」
「あ、どうしよう……」
「じゃあ居候同士、真琴とあゆが一緒の部屋、ってのはどうだ?」
「祐一君だって居候だよ?」
「そうだけど……でも俺と一緒の部屋ってのはまずいだろ?」
 ところがあゆは、両手を自分の前でポン、と合わせると、大きく頷いた。
「そうだよ、それがいいよっ」
「え、あゆちゃん、祐一と一緒の部屋がいいの?」
「うぐぅ、違うよっ、一緒の部屋になるのは真琴ちゃんだよっ」
「えーっ」
 思わず顔を見合わせる俺と真琴。
 すると、微笑みながら俺達の様子を眺めていた秋子さんが一言。
「了承」
「ちょ、ちょっと秋子さん!」
「わたしもそれが自然だと思うよ」
「名雪ーっ」
「ただし──」
 秋子さんが軽く目を閉じ、イタズラっぽく続ける。
「祐一さんの部屋の壁、もう少し厚くしないといけませんね」
「ぐあっ」
「ベッドも大きいのにしないとね」
「あぅーっ」
 ちらっと真琴を見ると、真っ赤な顔でうつむいている。俺もきっとそうなんだろうけど。
「さ、決まったら善は急げ、ですね」
 恐ろしげな事をさらっと言って立ち上がる、秋子さん。いつ決まったんですかっ。
「そうだね、早い方がいいよね」
 にこにこと笑いながら立ち上がる、名雪。何がそんなに楽しいっ!
「うんっ、ボクも頑張るよっ」
 羽を伸ばし立ち上がる、あゆ。何を頑張るって言うんだっ!
 などという心の叫びもむなしく、三人揃って頷くと、あっと言う間もなく二階へと消える。後に残されたのは、呆然とした俺と真琴。
「えーと……」
「あぅー、どうしよ……」
 どうしよう、と言われても……。
「とりあえず俺達も行ってみようか。……手遅れだと思うけど」
「あぅー……」
 二人で階段をあがってみるが……
「じゃあ、真琴ちゃんのいた部屋、ボクが使うねっ」
 嬉しそうな顔であゆが、自分の荷物を真琴の部屋だったところに運び込んでいた。中を覗くと、真琴の荷物はもう跡形もなくなっている。
「あぅー、真琴の漫画……」
「こっちに運んだよー」
 名雪の声が、俺の部屋からする。覗き込むと、元々少なかった真琴荷物が全て、俺の部屋に運び込まれていた。
「今日はこれで我慢してくださいね。明日にでも新しいベッドを買いますから」
 ご丁寧に、ベッドの横に布団まで敷いてある。
「あぅー、このままでいいわよぅ」
「このベッド、あゆちゃんが使う予定なのよ」
「あぅー……」
「秋子さん、いくら何でも早過ぎですよ」
「こういうことは早い方がいいのよ」
 俺の苦情に、しかし秋子さんはまじめな顔で答えた。秋子さんにしては珍しいな。
「では二人とも」
「は、はい」
「明日も学校なんですから、ほどほどにね」
「えっ!」
「おやすみなさい」
 いつもの微笑みを浮かべ秋子さんがドアを閉じると、部屋の中には俺と真琴が残された。
「えーと……」
「あぅー……」
 さっきの秋子さんの科白が脳裏をちらつく。ほどほどに、っていわれても……。真琴が俺の顔をちらっと見て、また顔を伏せる。
「どうしよう?」
「あぅー……」
 頭が回らない。
「と、とりあえず寝ようか」
「あぅー……」
「……真琴?」
「あぅー……」
「おーい」
「あぅー……」
 コツン。
「あぅっ?」
 軽く頭をこづくと、やっと正気に戻ったようだ。そのまましばらく、二人向き合う。
「……祐一?」
「なんだ?」
「ホントに一緒の部屋に住むの?」
「……真琴は嫌か?」
「ううん、そんなことないっ……と思う……」
「俺は……わからない」
「祐一も?」
「だってこんな突然……なぁ。そりゃあ将来はそうなるかなぁ、とか思ってたけど」
 それは……今じゃないけど。近い未来に。必ず。みんなの前で誓ったのだから。
 でもなぁ……心の準備というものが……。
「……とりあえず、今日はもう寝よう!」
「あぅ?」
「今日は混乱してるし、もうさっさと寝よう。明日になれば、何かいい考えが浮かぶさ」
 そう言いきると俺は早々に自分のベッドに入ろうとする。
「あ、祐一っ」
「え……うわっ!」
 突然の衝撃。そして温もり。背後から真琴に抱きつかれたようだ。
「えとね……」
 背中に顔をつけたまま話しているのであろう。声が直接心に響く気がする。
「えと……あぅー……えーと……」
 でも口から出てくるのは、意味のない言葉ばかり。いいあぐねている、というか、説明できなくて困ってるっていうか……。そんな雰囲気だけは伝わってくる。
「真琴っ!」
「えっ!」
 大声に驚いた隙に、体を反転させる。びっくりしている真琴の半開きの唇に、一瞬だけ唇を重ねる。
「なにがどうなろうと、真琴が好きなのは変わらないから」
 それだけいうと、ベッドに潜り込む。……きっと真っ赤になったであろう顔を、真琴に見られたくなかったから。
「うん……うんっ! おやすみ、祐一っ!」
「ああ、おやすみ」
 真琴も自分の布団に入ったようだ。……それにしても……明日からどうなるんだろう。
 でもきっと……二人なら越えられるよな……多分……。
 そんなことを考えながら、いつしか眠りに落ちていくのであった。


−終−


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