雪うさぎの記憶(改訂版)

【土曜日・三】

 初出:2000/01/01 Stories Toy Box
 改訂:2001/11/18

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 夢。
 夢を見ている。
 七年前の夢だ。今ならはっきりそう分かる。
 俺の前には二本のおさげをぶら下げた少女。
 その手に捧げ持つのは、雪うさぎ。
 必死に何かを語りかける。
 でもその言葉は俺の心には届かない。
 俺の心は絶望に……どうしようもないほどの絶望に閉ざされていて……。
 そして崩れ去る雪うさぎ。
 いや、俺が壊したんだ。
 俺が……少女の想いとともに……。

 そして、目が覚めた。部屋に射し込む日はかなり傾いている。そろそろ夕方が近いようだ。
「ふぅ……」
 大きなため息を一つつく。
 何であんな夢を……いや、理由は分かってる。これが最後の一欠片だからだ。七年前に無くした記憶の。そして昨日取り戻した記憶の。
「どう……すればいい?」
 ふと名雪の顔が脳裏に浮かぶ。いつもの笑顔。俺があんなことをしたってのに。
 考えがまとまらないまま、部屋を出る。
「あら、祐一さん」
 階段を下りたところで、秋子さんに声をかけられた。
「秋子さん、買い物ですか?」
「ええ、夕飯の材料を買いに行こうと思って」
「俺が行きますよ」
 とにかく何かして、気を紛らわせたかった。買い物鞄を受け取ろうと、手を伸ばす。けど秋子さんは鞄を渡す代わりに、頬に手を当て小首を傾げた。
「……何かあったんですか?」
「い、いえ、別になんでも……」
 さすがに秋子さんに説明する気にはなれない。だけどそのまま俺の顔をじっと見つめる秋子さん。その中に何を見出したのだろう。不意ににこりと微笑むと、買い物鞄を渡してくれる。
「じゃあ買い物、お願いしますね。名雪と一緒に」
「え、ええ、でも名雪は今……」
 真琴とあゆを連れて、服を買いに行ってるはず。そう言葉を繋げようとした瞬間。
「ただいまぁ」
「うぐぅ、ただいま……」
「ただいまっ」
 三者三様の声とともに玄関の扉が開いた。
「あ、祐一、ただいまっ」
 声とともに飛びついてきたのは、もちろん真琴。嬉しそうにしっぽが揺れている。
「うぐぅ、重かったよ〜」
 その後ろから、うめき声とともに入ってきたのは、あゆ。ジャンケンにでも負けたのだろう。大量の荷物を抱えて、ヘロヘロになっている。
 いつもなら、からかって遊ぶところだが……。
「ただいまー、お母さん、祐一。あゆちゃん、お疲れさまー」
 最後に入ってくる名雪。いつものように、笑みを浮かべている。視線があいそうになり、思わず俯いてしまう。
「みんなお帰りなさい。名雪、帰ってきたばかりで悪いけど、夕飯の買い物に行ってもらえないかしら?」
「うん、いいよ。……祐一も行くの?」
「ええ、お二人にお願いしますね」
 いつもの会話。いつものやり取り。それが今の俺には辛い。
 でも──。
「あ、真琴も行くっ!」
「真琴はわたしに、買ってきた服を見せてくれないかしら」
「あぅー、でも……」
「俺たちが買い物行ってる間に、秋子さんに着せてもらえよ。俺も早く見てみたいし」
「うんっ、じゃあ秋子さん、早く早くっ」
「あらあら」
「ボクも着替える〜」
 そう。これは俺と名雪の問題。先延ばしにしても、意味がない。それにこうして秋子さんが機会を作ってくれたんだ。二人で話ができる機会を。
「じゃあ祐一、行こう」
「ああ」
 二人で外に出る。徐々に辺りは赤く染まり始めている。
「祐一、久しぶりだね、こうして二人で買い物に出かけるの」
「ああ、そうだな」
 横に並んで歩き出す。でも……どうやって切り出そう?
「そういえば本当にあるんだねぇ、獣娘のための洋服専門店って」
「そうか」
「お母さんに聞いたとき、さすがのわたしも耳を疑っちゃったけどね」
「俺もだ」
「でももっと驚いたのは、他にお客さんがいたことかな」
「ふーん」
「猫の耳と尻尾の子が二人もいたよ。かわいかったよー」
「そうか」
「?」
 名雪が不審そうな顔で俺の方を見る。
「……祐一どうしたの?」
「い、いや、どうもしないぞ」
「うー、だって返事がおざなりだよー。それにその顔……」
 よっぽど深刻そうな顔をしていたのだろうか。確かに深刻なんだが。
 ……こうなったら腹をくくろう。とにかく謝る。それだけだ。
「名雪、悪いが買い物の前に寄りたいところがあるんだ」
「うん、いいよ。どこに行くの?」
「約束の場所」
「……約束?」
 不思議そうに首を傾ける。
「どうしようもなく馬鹿な男が、約束をすっぽかした場所だ」
「……祐一……」
 その後はお互い、言葉を交わすことなく目的の場所に辿り着いた。
 夕陽がガラス張りの駅ビルに反射して、あたりをいっそう赤く染め上げている。
「わたし、この場所はあまりこないんだ……」
 背中を向けたまま、名雪がゆっくりと歩き出す。
「この街から出ることもほとんどなかったし……それに……ずっと、待ってしまいそうだったから」
 ベンチの前で、少女が振り返る。けどその顔は……俺には見えない。
「ゆ、祐一?」
 名雪のとまどう声が俺の上から聞こえる。俺に見えるのは、一面の石畳。
「祐一、洋服汚れちゃうよー」
「服なんてどうでもいい。俺はお前に謝らなくちゃいけないんだ」
 両膝を……そして額を地面に付けたまま、俺は言葉を続ける。
「七年前……俺は絶望で……何も見えなくて……言い訳にしかならないのは分かってるけど……名雪、お前の気持ちを無視した……」
「…………」
「そして今まで……俺はお前の気持ちに気付かずに……」
「…………」
「なんて言って謝ればいいかわからないけど……でも……だから……」
 額を地面にこすりつける俺の側に、足音が近づく。
「わたし……祐一のこと好きだよ」
 俺の頬に掛けられる、暖かい両手。でもその言葉は、今の俺には──。
「もちろん、真琴のことも好きだよ」
 え?
 思わず顔を上げる。
「そして……二人が一緒にいるのを見るのは、もっと好きだよ」
 間近に見える名雪の顔。そこに浮かぶのは、微笑み。まるで……慈母のような。
「わたし……わかってるつもりだよ。祐一がどれだけ真琴のことが好きか。真琴が祐一のことをどれだけ好きか」
 ほら、あそこ、と名雪が指さす方を見ると……街灯の影から何か見える。
 しっぽ。
 狐のしっぽが、不安そうに揺れている。
「頭隠してしっぽ隠さず、だな」
 結局、俺のことが心配になって、こっそり付いてきたのか。でも嫌な気はしない。不思議と笑みがこぼれる。
 そんな俺を見て、なぜか嬉しそうに笑う名雪。
「真琴は祐一のこと、笑顔に出来るし、祐一も真琴のことを笑顔に出来るんだよ」
 手を取り、俺のことを立ち上がらせる。そして目を細めて俺のことを見る。
「二人とも、とってもお似合いだよ」
「だけど……だけどよ。名雪はそれでいいのかよ」
「いいとか悪いじゃないよ」
「え?」
「祐一と真琴、一緒にいると本当に幸せそうだよ。見てる方も幸せになるくらい」
 本当に幸せそうな顔で言う、名雪。思わず俺が照れてしまうくらい。
「だから、幸せな二人をもっと見せて。それが……わたしの望みだよ」
 それで償いになるのか、俺には判らない。判らないけど……。
「わかった」
 精一杯、真面目な声で。
「約束するよ。真琴と幸せになるって」
「うん、約束……だよ」
 そういって頷く名雪。
 ふと、イタズラっぽく笑う。
「でもせっかくだから、雪うさぎの弁償はしてもらおうかな」
「え?」
「子供心に一所懸命考えた結果だったんだよー、祐一に気持ちを伝えようと思って」
「そ、そうか。で、弁償って……」
「イチゴサンデー」
「それならお安いご用……」
「七年前のことだから、七つね」
「ぐあ、それは厳しいんですけど……」
「えー、あの雪うさぎ、作るのにとっても時間が……」
「はい、俺が悪うございました」
 いつも通りの会話。だけど俺は名雪に感謝した。これでようやく、いつもの二人に戻れそうだから。
「じゃあ早速食べに行こうよ」
「え、今からか?」
「うん、もちろん真琴も一緒に……真琴っ! イチゴサンデー食べに行くよー」
 しっぽの見える街灯に向かって、声をかける名雪。
 一瞬ぴくっと震えるしっぽ。
 そして街灯の後ろから現れたのは……。
「あぅー、ごめんなさい」
「ごめんなさい、二人とも」
「うぐぅ、ごめんなさいー」
 なんだ……結局みんなして来てたのか。
「祐一……名雪と……どうしたの?」
 不安そうな顔で俺を見る真琴。
「なに、昔した悪さを、謝っていたのさ」
「お詫びに今日の夕飯、おごってくれるって」
「待てっ! そんな話じゃ……」
「了承」
「ぐあ、秋子さーん」
「わーい、みんなで食事だねっ」
「あぅー、祐一、真琴もお金、出すね」
「またみんなで、プリクラ撮ろうよ」
 みんなでわいわいと言いながら、繁華街の方に歩き出す。冗談を言い合いながら、感じていた。心の中の雪うさぎが溶けていくのを。
 そして──
「真琴っ」
「あぅ?」
「幸せになろうなっ!」
 そういいつつ肩を抱き寄せた俺を見上げると、真琴は嬉しそうに頷いた。
「うんっ!」


−終−


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