── Interlude 佐祐理

【水曜日・三】

 初出:2001/11/30

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 シャー──。
 シャワーから勢いよく降り注ぐお湯が、体に付いた汚れを流し去っていきます。埃も汗も──血糊も。改めて二の腕──先ほど傷を負ったはずの場所──を確認しますが……髪の毛ほどの線も残っていません。
「……佐祐理、痛む?」
 湯船に浸かっている舞が心配そうにわたしのことを見あげています。
「あははーっ、全然何ともないですよーっ」
「……本当?」
「もちろんですよー。ほら、跡も残ってないですし……」
 そういいつつわたしは左腕を舞に見えるように近づけました。自分でも怪我をしたなんて信じられないくらいです。
「…………」
 舞は手を伸ばすとわたしの腕をそっと取り、真剣に調べ始めました。
「あははーっ、くすぐったいよ、舞」
 女の子同士とはいっても、こうして素肌を見つめられるのはちょっと恥ずかしいです。

 それにしても──。こうしていつもの様にお風呂に入っていると、先ほどのことが幻だったかの様に思えてきます。
 舞のことを夢に見て──学校に行ったら本当に舞が戦ってて──必死になって舞を守ろうとして──。
 そして気が付いたら舞に背負われていました。全てが夢かとも思ったのですけど、寝間着に血がついていましたし、なにより祐一さんの話が聞こえてしまいました。
 それで全てのことが解ったわけではないですけど、これだけは間違いありません。わたしの傷を治してくれたのは舞だってこと──。
 それはとっても凄いことだと思います。けど舞は舞のままでした。何も変わっていません。それが何よりとても嬉しかったのです。今もこうやってわたしのことを本気で心配してくれています。

「よかった……」
 やっと納得してくれたみたいです。腕を解放してくれました。
「ねー。舞は心配性なんだからー」
「……でも……この傷は残ってる」
「それは──」
 わたしの手首に残った傷跡を見つめ、舞が悲しそうに呟きました。
「昔の傷ですから」
 そう──もう何年も前の──。「わたし」が「わたし」のことを「佐祐理」と呼び始めた時の──。
「……試してみる」
「え?」
 わたしの手首を両手で包み、じっと集中する舞。すると光があふれてきました。暖かい光。
「ふぇー」
 もちろん光源なんてものはありませんし、この暖かさ……。まるで何か神秘的な存在に包み込まれて
いるような──。わたしにできることは驚くだけです。
 十秒はそうしていたでしょうか。始まったときと同じように、光は唐突に消え去りました。舞は組んだ両手をそろそろと離していきます。
「あ……」
 手首には元の通り、一筋の線。治らなかったのです。
 それを見ると舞は、悲しそうに肩をおとしました。
「……佐祐理、ごめん」
「謝ることなんてないよー。きっと古い傷だからだよ」
 けれど舞は黙り込んでしまいました。どうしましょう。なんて言ったらいいんでしょう。
 しばしの間二人の間に落ちる沈黙。それを破ったのは舞の方からでした。
「佐祐理……」
 顔を上げまっすぐに真剣な目でわたしを見つめて。
「何、舞?」
「私は……祐一や真琴や佐祐理のお陰で、自分の過去と決着がつけれた。だから……次は佐祐理の番」
「え……?」
「佐祐理にも幸せになって欲しいから」
「あははーっ、大げさだよー」
 わたしは冗談めかして言いました。でも舞が何を言いたいのか解っていました。この傷は、わたしが治って欲しくないと思っているから治らないのだ、と舞は言ってるのです。
 そしてそれは正しいのだとわたしも気が付いてしまいました。
 わたしは……ずっと思っていたのです。わたしはこの世界で必要ないんじゃないかと。昔、弟の一弥がいなくなってから。
 舞と友達になってから、それは恐怖に変わりました。舞はわたしを必要としてくれている。でも必要とされなくなったら、わたしはどうなるの? と。この傷がそれを常に意識させました。昔を思い出せ。一弥のことを忘れるな。と。
 だけど、そのようなことから抜け出さない限り──この傷をただの傷だと思えるようにならない限り、この傷は消えないのだということなのでしょう。
 そういえば今日のお昼、祐一さんが話していました。『信じるから奇跡は起きる』と。わたし自身が治りたいと思わなかったら、舞がどんな力を持っていても治すことはできない、ということなんだと思います。
 でも……はたしてそんなことが出来るのでしょうか?
「…………」
 黙り込んでしまったわたしをじっと見ていた舞は、突然立ち上がると両腕を伸ばしました。
「ま、舞……」
 何を思ったのでしょう。わたしのことを抱きしめたのです。暖かい……。先ほどの光とは違う……安心できるような暖かさ……。
「佐祐理なら出来る……私にも出来たから」
 わたしは弱い人間です。舞みたいに決着をつけることなんて、そう簡単にはできそうもありません。
 でも……舞が支えてくれるなら……もしかしたら。
「それまで……助けてくれますか?」
「…………」
 無言で頷く舞。
 もうしばらくは舞に甘えていよう。そう思うのでした──。


−終−


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