親友の絆(改訂版)

【水曜日・二】

 初出:1999/08/28 Key SS掲示板 No.12957 & No.12958 & No.12959
 改訂:2001/11/18

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「おはよう、お二人さん」
「ふぇ……あ、祐一さんだぁ。おはようございます。お久しぶりですねーっ」
「…………」
 朝。学校に向かう途中、知り合いの顔を見つけた。佐祐理さんと、舞だ。
「ほら舞、朝の挨拶は」
「…………」
「照れてるんですよ、舞は。ねぇ?」
 ポカっ。早速チョップが、佐祐理さんにヒットしていた。
「あははーっ、だって祐一さんがお昼にご一緒してくれなくなってから、何度も佐祐理に聞くんですよ、祐一さんに嫌われちゃったのかなって」
 ポカっポカっ。連打が入った。
「う、すまない。色々と事情があって……」
 そういえば、いつからだろう。お昼を二人と一緒に食べなくなったのは。真琴のことにかかりっきりだったからな……。
「この前なんて、夜中に電話をかけてきたんですよ。会えないまま卒業しちゃったらどうしようって……あははーっ、痛い痛いっ」
 舞の顔が真っ赤になった。チョップにも結構力が入っている……本人は気がついてないみたいだけど。
「でも……佐祐理も寂しかったです、会えなくて……」
 一瞬だけ、悲しげな表情が浮かんだ。でもすぐに元の明るい笑顔を取り戻す。
「でもこうして今日会えました。だからよかったです」
 そして、片手に下げた包みをちょっと上に持ち上げてみせる。
「今日もお弁当を作ってきたんですけど、ご一緒しませんか?」
「そりゃあもう、よろこんで」
「ありがとうございます、久しぶりの登校日だったんで、作り過ぎちゃったんです」
 なるほど、重箱の段の数が一つ多いような気がする。しかしそうか、登校日か……。もう、佐祐理さんや舞と学校で会えることも少ないんだよなぁ。
 などと考えていると、佐祐理さんがちょっと首を傾げてこちらを見ている。
「祐一さん、祐一さんの後ろにいる方は、どなたですか?」
「え?」
 振り返るとそこには、狐耳としっぽを生やした女の子がいた。もちろん、真琴だ。途中まで散歩がてら俺に付き合う、というので一緒に来たのだ。……まぁあの状況だと、家に戻りづらい、というのものあるんだろうけど。ちなみに名雪は、まだ寝ながら朝ごはんを食べている……と思う。
「……きつねさん」
 ひょい、とのぞき込んだ舞が、そんな呟きをもらす。一方真琴の方は、ますます俺の陰に身を潜めようとする。
「どうした、真琴?」
「あぅー、この人、怖い……」
 あ、そういえば真琴のやつ、一度夜中の学校で舞と会ってるんだっけ。それも……殺されかかったんだっけ? 舞の方にそんなつもりは全くなかったみたいだけど。
「あーっ、狐さんですね」
 佐祐理さんもひょいっとのぞき込む。
「かわいいですねぇ。ねぇ、舞?」
「……かなり嫌いじゃない」
「あははーっ、舞、狐さんも好きだもんねーっ」
「ほら、かわいいってよ。よかったな」
 ふええ? という感じで顔をあげる真琴。
「狐さん、狐さん、お名前は何ですか?」
「あぅ……沢渡真琴……」
「真琴ちゃんですか。いいお名前ですねー。佐祐理は、倉田佐祐理、です」
「……川澄舞」
「うお! 舞が一人で自己紹介してる!」
 ぽかっ。
「ふぇ〜……初めて見ました」
 ぽかっ。左右へとチョップが入る。そんな様子を見て、ようやっと真琴も緊張が解けたようだ。……狙ってやったのなら凄いぞ、舞。そんなことは絶対にないだろうけど。
「……おいで」
「あぅ……」
 だからだろうか、舞のそんな呼びかけにも素直に従う真琴。
 なでりなでり。
 舞が頭をなでるのも、気持ちよさそうにしている。……無表情な女の子に撫でられて、気持ちよさそうにしてる獣娘……。これはこれで絵になるような……。
 ポンポン。
 ふと肩を叩かれて、我に返る。いつの間にか見とれていたらしい。
「あの、祐一さん、学校の方はよろしいんですか?」
 いいながら、腕時計を俺に見えるようにしてくれる。えーと……八時二十分……。
「ぐあ、走らないと間に合わない」
「じゃあ今はこれで解散ですね」」
「佐祐理さん達は平気なのか?」
「大丈夫ですよ、登校日ですから始まるのも遅いんです」
「そうか、それじゃお先にっ、佐祐理さん、舞! 真琴、いってくるぞ!」
「じゃあ、またお昼休みにお会いしましょうねーっ」
「あっ、祐一っ! いってらっしゃーいっ!」
 そう叫んで、手を振ってくれる。俺も手を振りかえしつつ駆け出す。舞も小さく手を振っているのを、目の端で確認しながら。

「……とまぁ、こういうことがあったのさ」
「はぇ〜……」
「…………」
 昼休みになると俺は食堂でパンを買い、屋上を目指した。いや、正確には屋上に続く階段の踊り場だ。屋上に出るには、まだ少し寒い。
 そして約束通り俺は佐祐理さん達とお昼を食べている。ついでに、真琴についての話をしたところだ。
「ふぇ〜……」
「…………」
 話が終わったのに、佐祐理さんは呆けたままだ。舞は変わらず黙々と弁当を食べている。
 ……って……
「舞ーっ! 卵焼きとタコさんウインナーはどうしたーっ!」
「……食べた、全部」
「なんでっ!」
「……おいしいから」
「俺の分……」
「……おいしかった」
「せっかく俺が、いい話をしてたのに」
「……聞いてた」
「じゃあ、感想とかないのか?」
 やっと箸を止めてじっと俺の方を見る。何かの形に口が開かれるが、何も音を発することなく、また閉じられる。そして、何事もなかったかのように、箸を動かし始めた。
「おーい、何て言ったんだよー」
「…………」
「ちゃんと口に出してくれー」
「…………」
 ダメだ、こうなったらもう、聞き出すことはできないだろう。舞のやつ、強情だからな。しょうがない、話題を変えよう。都合のいいことに、佐祐理さんも呆けたままだし。
「そう言えば舞、まだ……夜中に学校に来ているのか?」
 口いっぱいにご飯を頬張ったまま、首を縦に振る。
「そうか……」
「……めもまももま……」
「いいから、ちゃんと飲み込んでから喋れよ。待つから」
 一生懸命もぐもぐと咀嚼している。そういうところだけ見てると、舞もかわいいんだけどな。
「……でも魔物が出てこない」
「出てこない? いなくなったのか?」
「……違う……出てこないだけ。……だから今日は……祐一に来て欲しい」
「夜の学校にか?」
 こくり、と頷く。
「俺が行くと魔物が出てくるのかぁ? 俺、魔物に知り合いなんていないぜ」
 冗談めかして答える。だが舞はあくまで真剣だ。
「……祐一が来ると……魔物がざわめく」
「ざわめく?」
「……前に祐一が来た時もそうだった。だから……」
 俺が来ると……ざわめく……。
 そういえば以前にも舞は、俺がいることで魔物がよくざわめく、と言っていた。魔物としても、第三者の介入で慌てているのだろう。でも──。
「出てこないんなら、そのまま放っておけばいいなじゃないか?」
「……私は魔物を討つ者だから」
「そうだったな。元から絶たなきゃダメ、ってことか」
「……終わらせたいから」
 そうか、卒業したら部外者がむやみに校舎に入るわけにいかないからな。在校中にケリをつけたい気持ちはわかる。
「わかった。手伝うよ。囮にしかならないだろうけど」
「……私が守るから」
「そうだな、頼むぜ……格好悪いけど」
 これで今日の夜は学校に来ることになった。久しぶりだから、練習しておかないとな……。
 そう思っていると、チャイムが鳴った。
「じゃあ俺、授業があるから。……おーい佐祐理さーん」
「はぇ〜……」
 佐祐理さんはまだ呆けていた。

 放課後。
 栞の見舞いから帰ってくると、俺は久しぶりに木刀を持ち出した。部屋で素振りを繰り返す。本当は庭でやりたいところだけど……他のみんなに見つかるしな。
 だけどブンブンと振り回していると、突然声がかかった。
「祐一、何やってんの?」
 振るのを止めて、声のほうを振り返る。開いたドアから真琴が顔をのぞかせていた。
「なんだ、ノックぐらいしろ」
「いいじゃない、祐一なんだし」
「なんだそりゃ、理由になってないぞ」
 こういうところは前と変わらないな。ふとそんなことを思い、思わず苦笑する。
「で、何か用か」
「用がなかったら……祐一のところ、来ちゃダメ?」
 上目遣いに俺を見る。前だったら絶対にこんな事言わなかったよなぁ。でも、こんな真琴もかわいいなぁ、と思いながら笑いかける。
「それって、俺に会いに来たってことだろ」
「あぅ……うん」
「そんなんだったら、いつでもいいぞ」
「うんっ、ありがと」
 嬉しそうに笑って、ちょこちょこと部屋に入ってくる。
「ところで、どしたの? いきなりそんなこと始めて」
「決戦だよ」
「なにと?」
「魔物と」
 魔物と聞いて、眉をひそめる。
「もしかして……また夜中に学校に行くの?」
「ああ、そうだ」
「危険じゃないの?」
「危険かもな」
「なんでっ! なんでわざわざ危険なとこに祐一が行かなきゃならないのよ」
 うーむ、怒ってるな。当然か。でも──。
「すまん、でもこれは約束なんだ」
「約束? あの舞って人との?」
「ああ。親友との大切な約束だ。破るわけにはいかない」
「あぅー……」
 とりあえず考え込んでいる。……関係ないけど、獣耳やしっぽがあると、感情が読みやすくていいなぁ。舞にも、獣耳やしっぽがあれば、あれほど会話に困らないんだけど。
 などと考えていると、突然真琴が叫んだ。
「わかったっ! 真琴も一緒に行く!」
「却下」
「えーっ、なんでよーっ」
「危険だ」
「祐一だって、危険よ」
「相手は魔物なんだぞ!」
「真琴は妖狐だもん」
「今はほとんど人間じゃないか」
「あぅ……そうかも……でも……」
 うつむいてしまう真琴。でもしかたない。真琴を危険な目に遭わせるわけにはいかないからな。
「おとなしく家で待ってろ、今日中には帰るから」
「……いやだ……」
 ぽた……ぽた……
 一粒、二粒と床に落ちる雫。え? 泣いてるのか?
 確認するより早く俺に飛びついてくる真琴。顔を俺の胸に押し当てるようにしがみつくと、嗚咽を漏らし始めた。
「いや……だよ……祐一と……一緒じゃなきゃ……」
「真琴……」
「離れたく……別れたく……ないよ……祐一……」
 ……ああ……そうか……そうだな……。俺も真琴の事をそっと抱きしめた。
「俺もだよ、真琴……ごめんな」
「祐一……」
「危険だから真琴には来て欲しくなかった……でも違うんだな」
 こくん、と頷く感触だけが伝わってくる。そうだ。一緒にいてやる、って言ったじゃないか、俺は。
「なにがあっても……真琴のことは守るから」
「真琴も……祐一を守るよ」
「なにぃ、真琴に守られるほど落ちぶれちゃいないぜ」
「えへへ、真琴も祐一の世話になんかならないもんっ」
 やっと顔をあげてくれた。泣き笑いのような表情と共に。ごしごし、と服の袖で目をこすると、やっといつもの顔に戻る。
「じゃあ真琴も準備するね」
「何準備するってんだよ」
「もちろん、戦闘のよ。祐一が前衛なら真琴は後衛、祐一が直接攻撃なら真琴は間接攻撃よ」
 確かに言ってることは間違ってないんだが……。
「おい真琴、そんなのどこで覚えた」
「漫画よ。最近の少女漫画は、ファンタジー物も多いのよ」
 自信たっぷりに答える真琴。しかし……そんな知識で大丈夫なのか?
 そんな俺の疑問をよそに、真琴は嬉しそうに部屋を出ていくのであった。

 夜中の学校……それは昼間とは全く違った表情を見せる。普段居るはずの『生徒』がいないからだろうか。毎日見ているはずの廊下なのに、窓から入り込む月の光に照らされると、まるで異次元への通路のようにも見えてくる。そこにたたずむ一人の少女。学校の制服のまま片手に剣をかまえ、その目は鋭くあたりを見回す。まるでおとぎ話か、ファンタジーの世界のようだ。
 だが……俺が足を踏み入れると、とたんに日常じみた空気が広がるのはなぜだろう?
「よぉぅっ、舞」
「舞っ、来たよー」
「…………」
 あ、困ってる。
「……真琴……危険」
「大丈夫よ。祐一が守ってくれるって」
「……祐一……真琴が危険」
「大丈夫だ。俺が守る」
 断言した俺の目を、舞がじっと見つめる。ぶつかる視線と視線。俺の目の中に何を見出したか、ふっと目をそらすと
「……解った」
 とだけつぶやき、後は黙り込んだ。一瞬沈黙があたりを支配する。それが嫌で俺は話題をかえた。
「舞、今日の夜食は牛丼だぞ。牛丼は嫌いか」
「……嫌いじゃない」
 微妙に……本当に微妙にだけど、舞の表情が弛む。それに気をよくし、俺は陽気に言葉を続けた。
「そうか、そりゃよかった。汁が多いほう、少ないほう、どっちがいい」
「真琴はつゆだくが──」
「しらん。それにない」
「えー、祐一のいじわるっ」
「これは舞への差し入れなんだぞ」
 両方とも舞に差し出すと、しばらく両方を見比べてから汁の多い方を取る。箸と剣、これもしばらく見比べていたけど、剣を壁に立てかけ慎重に食べ始めた。
「じゃあ真琴も自分の食べよっと」
 背負ってた蛙の形のリュックをおろし、中から肉まんを取り出す。どうやら俺が牛丼を買ってる間にしっかり買い込んでいたらしい。リュックには他にも色々入ってるようだ。
「一体何を持ってきたんだ、そんなに? まさか全部肉まんじゃあ──」
「そんなわけないでしょ! 武器よ武器」
 そういえばさっきそんなこと言ってたなぁ。
「武器っていっても一体──」
 不意に言葉が止まる。何か……言葉に出来ない何かを感じたからだ。例えるなら……異質な存在が日常に入り込む気配を。
「……来た」
 突然剣を掴むと走り出す舞。そのかわりほっぽりだされた牛丼と箸を、慌てて回収する。
 廊下を駆ける勢いをそのまま剣に乗せ、袈裟懸けに打ち下ろす。
 ブンっ!
 風を切る音が離れた俺たちの方まで聞こえてくる。空振りだ。しかし舞はそのままさらに一歩踏み込み、逆袈裟に切り上げる。
 ガキン!
 堅い何かを叩くような音。確かにそこに何か──魔物がいるのだ!
 はじかれた反動を利用し、今度は後ろに飛び退く。
 ブオンッ
 その直後、空間を押しつぶすような音が聞こえる。魔物が何かを振るったのだろうか。だが飛び退いた舞には届かない。逆に生じた隙目掛けて上段から斬りかかる!
 グオオォ……
 空間を震わすせるような音が響く。効いている!
 ブオゥ……ブオゥ
 再び何かが吹き荒れる……が、その時にはもう舞は射程外まで退いている。素人目に見ても見事な一撃離脱戦法だ。
「すごい……」
 舞の闘う様子を初めて目にする真琴も、その剣技に驚いている。
「これなら、今日は俺たちの出番は無いか……」
「うん……そうかも」
 呆けたように、その様子を眺める。その時!
 ギ……
 弾かれたように後ろを振り返る。何か……擦れるような音がしたけど……。
「……気のせい……か?」
「何か……いる!」
 耳をピンと立てた真琴。気配を感じているのか?
「……! 来るっ!」
「くっ!」
 舞はまだ廊下の端で闘っている。ここは俺がなんとかしないと! 俺は木刀を構え、真琴の前に立ち塞がる。真琴を守るように。
 ピシッ!
 目の前の空間で突然音が弾ける! 慌てて得物を振り回すが手応えはない。
「上!」
 その意味を理解するより早く、身を屈める。半ば尻餅をついたようになった俺の上を、ぞっとするような気配が通り過ぎた。
 くっ……せめて姿が見えれば……。
「そこよっ!」
 突然、後ろから何か投げつけられた。目の前の空間で突然破裂し、あたりに液体をまき散らす。これは……蛍光塗料? ある程度は床を濡らしたものの、残りの大半はそのまま空中にとどまり何かの形を空中に浮かび上がらせた。それはつまり……魔物の姿!
「サンキュー、真琴!」
 慌てて立ち上がり、次の攻撃に備える。
 魔物……とはいっても、その姿形は結構人間に似ている。大きさも人間くらい。片手には棒状の物を持っている。その棒状の武器が大きく振り上げられ、振り下ろされる。しかし遅い。
 ガシっ!
 俺は余裕を持って、その攻撃を木刀で受けた。ジン、と手がしびれるが大したことはない。二撃、三撃と続く攻撃も、ことごとく受け流す。攻撃はしない。どうせ木刀では大したダメージは与えられないのだ。それよりも──
 ガン!
 今度は攻撃を受け止めると、大きく弾いた。さすがにバランスを崩す魔物。そして──俺の脇を駆け抜ける影。
「せい!」
 気合いと共に手にした剣を叩き付ける。
 グォウ!
 魔物の形が歪む。まるで粘土を殴ったかのように。
 ザス!
 とどめとばかりに、頭の部分に剣を突き入れる。一瞬動きが止まると、そのまま空気にでも溶けるかのように消えていく。そして、静寂──。
「舞、すごいっ!」
「やったな、舞」
 しかし、俺たちの歓声にも表情を変えない。そのまま剣を構え直す。
「……まだ三体、いる……」
 慌ててあたりの様子をうかがう。
「あぅーっ、挟まれてるっ」
 いつの間に現れたのか、廊下の両端から嫌な気配が伝わってくる。
「……祐一……生きて」
 舞は再び突っ込んでいく。それを見届ける余裕は、こちらにもない。
「祐一っ! 来るよっ!」
 その声に俺も木刀を構える。真琴が再度蛍光塗料弾をぶつけたのだろう。姿がはっきり判るのが唯一の救いか……。
 ガン! ガガン!
 速く、重い。思わず木刀を落としそうになる。
 くっ、さっきのヤツよりやる! あれは手負いだったかっ。
 ガギン!
 支えきれない! はじき飛ばされ、壁に叩き付けられる。そんな俺には目もくれず、魔物が向かう先にいるのは──
 真琴!
「こ、こないでよ!」
 リュックから何かを出そうとしているけど、間に合わない! 魔物がその腕を振り上げるっ!
 俺は痛む体を引きずり起こし、真横から魔物に木刀を叩き付ける。そのまま、木刀を手放し、真琴に飛びついた。
 ゴウ!
 腕の中に真琴を抱きしめたのと、衝撃波が俺たちをおそったのは同時だった。そのまま二人して、壁に叩き付けられる。
「ぐあっ!」
「あぅっ!」
 今のは……効いた……。
 そのまま意識が遠ざかる。最後に見たのは、魔物に剣を叩き付ける舞の姿だった──。

『ねぇ、助けてほしいのっ』
 ──声が聞こえる。子供の声……?
『……魔物がくるのっ』
 魔物……魔物だ……。俺は魔物にやられて──。
『いつもの遊び場所にっ……。
 だから守らなくちゃっ……ふたりで守ろうよっ。
 あたしたちの遊び場所で、もう遊べなくなるよっ』
 遊び場所……? 俺たちの遊び場所──。
『ウソじゃないよっ……ほんとだよっ』
 そうだ……。いつのことだったろう──。
『ほんとうにくるんだよっ……あたしひとりじゃ守れないよっ……。
 一緒に守ってよっ……ふたりの遊び場所だよっ……。
 待ってるからっ……ひとりで戦ってるからっ……』
 覚えが……ある。それは──遠き日の思い出。たわいもない子供同士の冗談だったはずだ。だけど──。
 不意に目の前が明るくなる。瞬く間に金色に染まった。
 これは……夢なのか?
 広がるのは金色の草原……いや、麦畑。その中を走り回る男の子と女の子。鬼ごっこだ。女の子はハンデなのか、うさぎの耳のカチューシャを着けている。
 見たことがある。俺はこの風景を確かに見たことがある。そうだ。俺はこの子と──。
 不意に女の子が俺を見つめた。心を見抜くようなその瞳にも確かに見覚えがある。けどそれは昔じゃない。つい最近──。
「……祐一」(……祐一君)
 声がする。唇は動いていないのに。
「祐一」(祐一君!)
 二重に重なって聞こえる。共に聞き覚えが──。
「祐一、死ぬな」(祐一君、頑張って!)
 目の前が白く染まる。一瞬鳥の羽のようなものが見えたのは幻覚だろうか?

 そして……目が覚めた。最初に見えたのは視界一杯に舞の顔。その瞳は……夢の中の少女と同じ。
 ──そういうことだったのか……。全てが一本の線で繋がった。つまり舞は──。
「舞っ」
「……よかった」
「舞……俺たち、昔──」
「話は後。まだ一体、いる」
「待て! 舞!」
 しかし舞は走り出す。最後の一体と決着をつけるために。でも……俺の想像が正しいとすると、それは──。
 俺は急いで、腕の中に抱きしめていた真琴を揺り起こす。
「真琴……真琴!」
「ん……あ……祐一……」
「真琴、気がついたか」
「夢を……見てたの……小さい祐一と女の子が……鬼ごっこをする夢」
 なぜ真琴が俺と同じ夢を? 不思議ではあったが、この場合、都合が良かった。
「説明は走りながらする! 走れるか?」
「うん……大丈夫」
 顔をしかめつつ、それでも機敏に立ち上がる真琴。
「じゃあ急いで舞を探すぞ!」
 そして二人は駆け出した。舞を探すために。

「じゃあ、あの魔物って……舞なの?」
「正確には、舞の『力』が、姿形を持った物、ってとこ、なんだろうな」
 階段を駆け上がる。舞を探して。その間も、俺は真琴に説明していた。十年前にこの町で出会った、不思議な女の子のこと。力のこと。別れ。次の日にかかってきた電話のこと。
「じゃあ、魔物を、倒しちゃったら──」
「……最悪、舞も……」
「あぅーっ、そんなの、嫌よ!」
「だから、こうやって、探してるんだろ。先に舞を見つけなきゃ」
 話をしながら、端から教室をのぞいていく。見つからない。もうどれくらい時間が経った? 間に合うのか? 焦りが口をついて出る。
「ちっくしょぉ、どこにいるんだよ……」
「あっち! 多分あっちにいるっ」
 真琴が指さしたのは旧校舎の方だ。
「わかるのかっ?」
「狐の勘よ」
「……この際、信じるしかないか」
 手当たり次第に探すには広すぎる。わらにもすがる気持ちで階段を駆け下りる。
 だがそれは正解だった。
 ガシャーン……ダーン……。
 旧校舎へ向かう渡り廊下まで来ると、よくわかった。教室の一つから、ものすごい音がする。
 まるで魔物が暴れているような。まるで誰かが剣を振り回しているような。
 不意に静けさが戻る。
 俺たちは急いでその教室に飛び込んだ。あたりに散乱する机、椅子。しかし教室の真ん中には逆に何もなく、広場のようになっている。その中で剣を支えに立つ一人の少女。薄い月明かりの中で見ても、満身創痍であるのがよくわかる。
 そしてその反対側には……おそらく魔物がいる。舞と同じように満身創痍で。なぜならそれは……舞自身だから。
 舞の手の中で柄が回り、剣が握り直される。そして、体重を傾け、踏み込み──
「舞っ!」
 駆け出す寸前で俺がその体を抱き留めていた。魔物の方には真琴が何かをぶつけている。動きを封じるもののようだ。
「……祐一、邪魔するな」
「舞……。魔物なんてどこにもいない。最初からどこにもいなかったんだ」
「…………」
「おまえが生み出していたんだ。おまえの力なんだよ」
「……知っていた」
「え?」
「さっき、知った」
 すっと俺の腕を抜け出す舞。そのまま一歩、二歩と後ずさる。
「祐一が来ると……魔物がざわめく……喜ぶように……。
 真琴がくると……もっと魔物がざわめく……嫉妬するように……。
 まるで……私の心のように」
 淡々と……淡々と語る……舞。
 ……心当たりはある……二体目の魔物は、俺よりも真琴を狙っていた。
「それに……魔物を倒すと……私も傷つく……。
 一体で右腕……二体で左足……まるで……私の体のように」
 よく見ると舞の両腕両足とも、浅黒く変色している。倒した魔物の分、舞も傷ついているのだ。
「魔物は……私の心……私の体……私の『力』……でも……」
 初めて俺の方を向く舞。しかしその瞳には何も映していない。
「真琴は……嫌いじゃない。祐一は……もっと嫌いじゃない……。
 だから……」
 その奥に湛えられたのは……深い絶望。
「そんな『力』は……嫌い……そんな私は……嫌い……」
 舞の手の中で柄が回り、剣が握り直される。逆手に。そして、振り上げられる。切っ先を自分自身に向けて。
「さよなら……祐一……」
 そして剣を──
「舞────っ!」
 崩れ落ちる体。床を濡らす紅い雫。そして──
「あ、はは、失敗、しちゃい、ました……」
「佐祐理さん!」
「佐祐理っ!」
「佐祐理……どうして……」
 力無く床に倒れ込んでいるのは、佐祐理さんだった。寝間着の上にコートを着ただけの格好。その寝間着も汗で濡れている。ここまで駆けてきたのだろうか。剣が舞の体に刺さる瞬間、この場に飛び込んだ佐祐理さんが自らの腕で舞の剣をはじき飛ばしたのだ。
 お陰で舞は無事だったけど……佐祐理さんが……。
「舞……自己犠牲なんて……駄目、ですよ。舞が……いなくなったら……佐祐理は……どうすれば、いいんですか」
「だからって、佐祐理さんが犠牲になることはないだろっ!」
 俺の叫びに、しかし佐祐理さんは力なく笑った。
「だから……失敗なん、です……よ」
「あぅーっ、血が止まんないよぉ!」
 リュックに入っていたであろう包帯を、佐祐理さんの腕に巻き付ける真琴。しかし紅く染まるだけで、何の役にも立たない。
「あはは……一弥は……助けられ、ません、でした……けど、舞は……助けられ、ました……よか……った……」
「おい! 佐祐理さん! 佐祐理さんっ!」
 返事がない。でもまだ息はある。気を失ったようだ。
「さ……ゆり……、佐祐理がいなくなったら……私は……」
 舞も力無く佐祐理さんのそばに座り込む。
「病院! 急いで病院に連れていくぞ! 舞、手伝え!」
 しかし佐祐理さんの顔は、この薄明かりの中で見ても既に青ざめている。果たして間に合うか……。
 そんな舞の肩を、突然真琴が掴んで揺さぶる。
「舞っ、舞の『力』で、佐祐理さんを助けるのよっ」
「……『力』……でもこんな『力』……」
「あぅーっ、魔物を作るだけが『力』じゃないんでしょっ」
「……私は……『力』で……祐一も真琴も……佐祐理も傷つけた……」
 しかしその瞳はどこも見ていない。写るのは深い悔恨の思い……だが……
「舞、この『力』はどうやって手に入れた」
 真琴の説得で、俺は昔聞いた話を思い出していた。
「舞のお母さんを……舞の大切な人を助けるために手に入れたじゃなかったのか!」
「大切な人を……助ける……」
「なぁ舞」
 舞の肩を両手で掴み、その顔をのぞき込む。
「佐祐理さんは……好きか?」
「好き……大好き」
「佐祐理さんは……大切か?」
「佐祐理は……私の親友……私の大切な人」
「なら!」
 表情は変わらない。しかし──。
「……助ける……」
 瞳には……力が宿っている。それは……意志。強い、意志だ。
「舞!」
「舞っ!」
 肩においた俺の手をはずし、佐祐理さんの側にひざまずく。そして両手も胸の前で組む。祈るかのように。……いや、実際に祈っているのだろう。
 ふいに、教室に光があふれる。
「祐一、あれっ!」
 光の源は……魔物。真琴に足止めされていた場所から、光があふれている。
「私は……佐祐理が好き……」
 不意に光が辺りに飛び散る。まるで蛍のように。
「……佐祐理を助けたい……いや……」
 飛び散った時と同じように、不意に一点に集まる。舞の両手に。
「私は……大切な佐祐理を……助ける!」
「わっ!」
「あぅっ!」
 目も眩むほど舞の手が輝く。
 ……一体どれだけ続いたのだろう。一瞬とも無限とも思える時間のあと、不意に暗闇が戻ってくる。
「ま……舞……」
「……どうなったの?」
 何も答えずに、胸に組んだ手を解く。あわてて佐祐理の元に駆け寄る真琴。
「わーっ、傷、直ってるよーっ!」
 いわれるまでもない。佐祐理さんの顔色も、すっかり良くなっている。
「祐一……真琴……ありがとう……」
 そして俺の方に振り向く舞。
 そこには……満面の笑顔があった。
「やっと……自分の『力』……好きになれそう」
 その顔は……昔麦畑で見たものと同じだった。

「舞、重くないか?」
「……大丈夫」
「いつでも変わるぞ」
「……大丈夫」
「あぅー、大変そうだよぉ」
「……大丈夫」
 学校からの帰り道。佐祐理さんは舞が背負っている。どうしても、と聞かなかったからだ。舞もある程度のダメージは残っているはずだし、実際多少つらそうだけど、頑として変わろうとしない。
「ところで……佐祐理さんにはどうやって説明するんだ?」
 なにしろ、あれだけ深い傷が、跡形もなく治ってるんだからなぁ。
 だが、舞は全く悩むそぶりもなく、答えた。
「全部……話す」
「魔物のこともか?」
 こく。
 頷いて、ずり落ちかけていた佐祐理さんを背負い直す。
「あぅ……大丈夫……かなぁ」
「佐祐理は……親友だから」
「そうか……そうだな」
「……それで……謝る。許してくれるまで」
 謝る……か。
「舞……俺もお前に謝らなきゃいけないことがあるな」
「…………?」
 目だけで俺の方を見る。真琴も不安そうに、俺たちの方を見ている。
「十年前のことだ……俺とお前は出会ってたんだよ、麦畑で」
 一瞬、舞の瞳が金色に輝いたように見えたのは、錯覚だろうか。
「あの時、無理にでも舞に会いに来てれば、こんなことにはならなかったのかもしれない」
 それから十年間……舞は魔物と戦い続けた。女の子らしい楽しみを、全て捨てて。
「だから、ごめん……」
「……そのかわり……佐祐理と出会えた」
 足を止め、こちらを向く舞。俺も足を止め、舞と向き合う。
「……佐祐理と出会えて、また祐一とも会えた。だから、怒ってない」
「でも!」
「禍福は糾える縄の如し、といいますよ」
 その声は舞の真後ろから聞こえた。
「昔悲しい出来事があっても、これからのことが分からなくも、今が幸せなら、いいんじゃないですか?」
「佐祐理さん……」
「そして、これらからの未来を、支えあっていける人がいます。これに勝ることはないですよ」
 舞の背から降りて、いつもの笑顔で俺のことを見てくれる佐祐理さん。
「真琴も、そう思うよ」
 真琴も優しげに俺の方を見る。
「昔はいろんなことがあって、祐一のことを恨んだこともあったけど、でも今幸せだよ。だって──」
 そして、突然抱きついてくる。
「祐一と一緒だからっ」
 思わず真っ赤になってしまう。
「舞の声、聞こえていましたよ。佐祐理のことが大好きだって」
 とたんに真っ赤になる舞の顔。そんな舞のことを、正面から優しく抱きしめる佐祐理さん。
「佐祐理も、舞のことが大好きですよ」
「……佐祐理」
「だからもう、自分を傷つけようなんてことは、やめてくださいね」
「……約束する……絶対に佐祐理を悲しませることは、しないから」
 そのまま佐祐理さんの胸に顔を埋める。そんな舞の頭を優しく撫でる佐祐理さんを見ていると、ふと疑問が浮かんだ。
「そういえば佐祐理さん……どうして学校にいるんだ?」
 なにしろ服が寝巻きのままだ。忘れ物を取りに来たわけでもないだろうし。
「それは……笑わないでくださいね、夢を見たんですよ」
「夢?」
「はい。舞や祐一さんが戦っているのを、夢で見たんです」
「それだけの理由で学校に?」
「いえ……声が聞こえたんです。二人を助けられるのは、佐祐理だけだって」
「…………」
「それで目が覚めたので、急いで学校に来て見たら、ちょうど舞が剣を自分に突き立てようとするので、あとはもう無我夢中で……」
 本当にギリギリのタイミングだったんだ。よかった……。それにしても……なにか同じ様な話をどこかで聞いたような……。
「なぁ佐祐理さん、質問なんだけど……」
「はい、なんですか?」
「その夢の中の声って……もしかして最後に『祐一君によろしく』とかって、言ってなかったか?」
「ふぇー、そうです。なんでご存知なんですか?」
 真琴……栞……そして佐祐理さんも……。一体どういうことなんだろう?
 そういえばさっき俺が見た夢も、祐一君、って呼びかけられた気がする。
「祐一さんのお知り合いなんですか?」
「いや……俺もわからないんだ」
「そうなんですか……。もし会うことがあったら、教えてくださいね」
「会えるのかな……?」
「会えますよ、信じれば」
 そういいながら、俺に向かって微笑んでくれる。
「うんっ、真琴もそう思うよ。だって真琴も、祐一に会えたもん」
 そうだな、誰かはわからないが、会えるときには会えるさ。
 会った時には何が起きるかもわからない。でもそれまでは今の幸せを大切にしたい。真琴と一緒に。
 月に照らされ、そんなことを思うのであった。


−終−


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