水瀬家の再会(改訂版)

【月曜日・三】

 初出:1999/07/30 Key SS掲示板 No.6556 & No.6558
 改訂:2001/11/18

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 夕日に包まれたものみの丘。遠い山の稜線も足元の草も赤く縁取られ、自ら光を発しているかに見える。
 そんな幻想的な風景の中、俺たちは……探していた。
「おーい、どこだぁ」
「あぅー、でてきてよぉ」
「忘れてたのは謝るからでてきてくれー」
「後で真琴の肉まん、わけてあげるからぁ」
「ぴろぉー」
 二人の呼び声が綺麗に重なる。が、肝心のぴろはいっこうに姿を見せない。
 真琴との再会の手助けをしてくれたぴろ。だけど、真琴と会えた瞬間に、その存在をすっかり忘れていたのだった。結局思い出したのは、二人で手をつないで帰ろうとした、その直後。慌ててとってかえして探しているものの、影も形も見えない。狐の耳をピンと立てて気配を探している真琴も、かなり疲れている様子だ。
「あぅー、いないよぉ」
「しょうがない、帰るか」
 もう探し始めてから一時間は経とうとしている。茜色に染まった世界に、闇が急速に勢力を広げてきた。
「えー、でもぴろ……」
「大丈夫だって、きっと先に家に帰ってるさ」
 これ以上暗くなると、帰り道が不安だ。つまづいて怪我をするのも馬鹿らしい。
「家にもいなかったら、また明日探しにこよう」
「……うー、ぴろ、ごめん……」
 真琴も仕方なく、といった感じで頷いてくれた。
 二人横に並び、ものみの丘を下り始める。
「真琴、寒くないか」
 春とはいえ、夜になると急に寒くなる。コートがないので、ちょっと寒い。
「ううん、大丈夫よ。でも祐一が寒そう……」
 左腕が突然引っ張られる。真琴が抱きついてきたのだ。
「おいっ」
「えへへ、祐一、あったかい?」
 いつもだったら恥ずかしくて振り払うところだが、今日は──。
「……こうすればもっと温かいかな」
 左手で真琴の肩をさらに抱き寄せる。
 そして、暗くなった道を二人で支え合って帰るのであった。

 水瀬家の正面。
 灯りに浮かび上がる門を入ったところで真琴の足が止まる。
「どうした、真琴」
「あぅー、緊張するよぉ」
「……大丈夫だって。夜遊びから帰ってきたと思えば」
「それも全然大丈夫じゃないわよぅ」
「ち、ばれたか」
 なんだかんだいっても、秋子さんや名雪に受け入れてもらえるか、不安なのだろう。
 でもこのままだと家に入れない。
「バーンとドアを開けて、大声で『ただいま!』と叫べば大丈夫だよ」
 もちろん、根拠は無いが。
「……祐一も一緒に、ただいまって言ってくれる?」
「当たり前だろ、家に帰ってきたんだから」
 二人でドアノブを一緒に握る。大きく息を吸い込む。顔を見合わせ、互いにうなずく。せーの、でドアを開け──
 バーン! バーン! バーン!
 とたんに響き渡る轟音。
「うわっ!」
「あぅーっ!」
 思わずその場に座り込む。
 そんな俺たちの上にふんわりと落ちてくる……紙テープ……?
 閉じてしまっていた目を恐る恐る開けると、そこには笑みを浮かべる三人の女性。
「おかえりなさい、真琴」
 片手を頬にあて、いつもと変わらない微笑で俺たちを迎えてくれる秋子さん。
「真琴っ、おかえり!」
 まさに満面の笑みで玄関を飛び出してくる名雪。
「また会えましたね、真琴」
 いつもの素っ気ない表情とは全く違う、慈愛にあふれた顔を見せる天野。
 みんな手にはクラッカーを持っている。さっきの轟音と紙テープの正体は、これらしい。
 真琴はというと……よほどビックリしたのかペッタリと座り込んだままきょとんとしている。狐耳もペタンと寝たままだ。俺は急いで立ち上がると、真琴の手を取って立ち上がらせてやる。そして三人の方にそっと押し出してやった。
「あぅ……あの……」
 まだ混乱しているのか、言葉もでない。しっぽも不安そうに揺れている。
「真琴っ」
 そこに優しく手を差し伸べる名雪。
「家に帰ったら……ちゃんとただいま、だよ」
 満面の笑みのまま……でも瞳には涙があふれている。
「ただいま……ただいまぁっ!」
 その腕の中に飛び込む真琴。
「ただいまぁ……あぅ……ただいま……」
「本当に……帰ってきたんだね……真琴……」
 そのまま泣き出した二人の肩を、秋子さんが優しく包む。彼女の目にも、輝くものが見える。
 よかったな、真琴。誰が見ても家族だよ。間違いなく。
 俺も迂闊にも視界がにじむ。……と、横からハンカチが差し出される。いつの間に移動したのか、俺の横に天野がいた。ハンカチを俺に差し出しつつも、三人を優しげに見つめている。
「すまんな……。へへ、格好悪いとこをみせちまったな」
「いいえ、こんな場面を見て泣けない方が、人として不出来でしょう」
「そうか、いいこと言うな、天野は」
 ありがたくハンカチを使わせてもらう。使う前から涙で湿っていたが、もちろん何も言わなかった。

 玄関での再会を終えた俺たちは、水瀬家の食卓に移動した。
 そこには既に、豪勢な夕飯が並べられている。
「へぇ、こりゃ凄いなぁ」
「わたしも手伝ったんだよ」
「私も微力ながらお手伝いさせていただきました」
 俺の感嘆に、名雪と天野が嬉しそうに答える。
「あーっ、肉まんもある!」
 真琴が喜びの声を上げた。記憶が戻っても肉まんが好きなまま、ってのが、なんとなく嬉しく思う。
「その肉まん、わたしの本気、だよ」
「そうなんだ……ありがと、名雪」
「さあ、さめないうちにいただきましょう」
 そしてみんな一斉に箸を取る。
「そういえば……天野、なんでお前がここにいるんだ?」
 なぜか当然のように一緒に夕飯を食べている天野に、疑問をぶつけてみた。聞きたいことは山のようにある。なんで玄関でみんな待ち伏せしていたのか。夕飯に真琴の好物の肉まんまで用意してあるのか。その鍵は、天野にあるような気がしたからだ。
「やはり、気がついていなかったんですね」
「え、何が?」
「私も、ものみの丘に行ったのですよ」
 それはびっくりだ。全然気が付かなかったぞ。
「真琴、お前は気が付いたか?」
「あぅー、肉まんおいしいよぉ」
「……聞いちゃいねー」
 天野はそんな様子をみて、くすくすと笑う。
「似たもの同士ですね」
「そうかぁ?」
「はい。何かに集中すると、周りの事が目に入らなくなるのはそっくりです」
 少なくとも俺はそうじゃないぞ、と一心不乱で肉まんにかぶりついている真琴を見ながら思った。が、天野はなぜか顔を赤らめつつ言葉を続ける。
「先ほどものみの丘でも、周りの様子など何も目に入らずに、二人で抱擁していました」
「ぐあ……」
 あ……あれを見られていたのか。
 確かに天野がいたことなんか、全く気が付いていなかった。
「祐一、顔が真っ赤だよ」
「あらあら、本当ね」
 ……とりあえず、ヤジは放っておこう。
「なんで声をかけなかったんだよ」
 ついつい声を荒げる。
「かけましたよ。気が付かなかったようですけど」
 しれっと返されてしまった。ショックで机に突っ伏してしまう。
「それでっ、祐一たちはどうしたの?」
 名雪が興味津々、という様子で聞いてくる。ワイドショーにかじりつくおばさんか、お前は。
「十分位は待ったんですけど状況は何もかわりません。そうこうするうちに日も落ちてきたので、先にこちらのお宅にお知らせすることにしたのです。──先ほどのクラッカーは、その帰り道に買ったんですよ」
「そうだったんだー。……あれ? ぴろはどこで一緒になったの?」
「え? ぴろは天野が連れてきたのか?」
「うん。でもわたしの顔をみると、どこか行っちゃったんだよ。一緒にご飯、食べたかったのに……」
 ……ぴろも色々と酷い目にあってるからな、とは口に出せなかった。
「あの猫も丘にいたんです。でも──可哀想に私同様、二人には無視されて落ち込んでいたので、連れてきてあげたんです」
 無視されて、の部分をやけに強調して説明する天野。なるほど、ぴろがいなかったのはそういう訳か。しかし……
「それにしてはずいぶんと祐一たちの帰りは遅かったよね。もしかして……」
 名雪が何かを期待するようにこっちを見る。……何を期待してるっ!
「そうですね、十分に考えられますね」
 天野よ、お前もかっ!
「消えたと思ってた恋人との再会!」
「単に抱擁するだけではもの足りずに……」
「そのまま二人とも全てをさらけ出して」
「本能のままに愛を交歓する……」
「あらあら、若いっていいわね」
 ぐあ、秋子さんまで……
「ちがーう! 俺たちはいなくなったぴろを探して……」
 ついに耐えきれなくなって言い訳を始めた俺をみて、
「冗談よ」
「冗談だよ」
「冗談ですよ」
 と、にこっと微笑む三人の女性。
 ぐあああ。もう今日の俺は再起不能だ……。と再度机に突っ伏す。まぁいいか、めでたい席だしな。さらに繰り広げられる女性三人の会話を聞きながら、そう思った。
 ちなみに真琴はというと……
「秋子さーん、肉まん、おかわりーっ」
 いいよな、お前は無邪気で。

 夕飯もほとんど片づけられお茶が配られる。一息ついたところで、名雪が声をかけてきた。
「祐一、真琴」
 先程とは全然雰囲気が違う。真面目、なモードということだろうか。
「えっと……説明してくれないかな。その……しっぽのこととか」
 そうだな。そのことは一度ちゃんと話しておく必要があるな。今後も迷惑をかけることになるのだろうし。
「うん……これは代償なの──」
 真琴が、ものみの丘で俺にしてくれた説明をもう一度繰り返し話し出した。みんな口も挟まずに聞いている。
 そして最後にぬるくなったお茶を飲み干すと、真琴は上目遣いにみんなを見回した。
「──だから、みんなに迷惑をかけるかもしれないけど……」
 そこまでいって、うつむく。だが想いは伝わったようだ。
「了承」
「迷惑だなんて、全然思ってないよ。それにしっぽ、かわいいよ。耳もね」
「ありがとう、二人とも……」
「そのかわり、しっぽ、触らせてね」
 とイタズラっぽく微笑む名雪。
「うんっ、いいよ、名雪だったら」
「約束……だよっ」
「じゃあ俺は?」
「痛くするからヤダ」
 和やかな雰囲気が流れる。
「ところで……」
 天野がおずおずと声をかける。その雰囲気を壊すことを遠慮するように。
「そもそも、どうして真琴は復活できたのでしょう。本来ならば存在まで消滅していたはずなのに……」
「天野……」
「こんな事を聞くのは酷かもしれません。ですが知っておきたいのです。あの子も真琴の様に、復活する可能性があるのかどうかを」
 そうだった。天野も俺と同じ経験をしてるんだった。なら、真琴と同じように、天野のところに現れた妖狐も復活するのかは、当然知りたいはずだ。
「あぅー……ごめん、わからない……」
「そうですが……」
 肩を落とす天野。
「ただ……うっすらとだけど、覚えてることがあるの」
 何かを思い出そうかとするように、目をつぶる。
「最初は真っ暗なところだった……。何も見えないし、何も感じない……。でも、声が聞こえてきたの。こっちだよ、こっちだよ、って
 そしたら突然目の前が光って、こっちが見えるようになったの。真琴がいなくなって、心の底から悲しんでくれてるみんなの様子が……。
 そしたらまた声が聞こえたの。戻りたい? って。
 戻りたい、とっても戻りたいっ、て答えたら、こう言われたの。信じなさい、って。奇跡は、まず信じることから始まるんだよって。
 だから信じたの。一生懸命。ここにまた帰ってこれることを。そしたら……道がみえたような気がして……。
 ごめん、あとは覚えてない……」
 ふぅ、と大きくため息をついて、目を開ける。うっすらと涙が流れる。
 いつの間にか真琴の横に移動していた天野が、涙をそっと拭い抱きしめる。
「ごめんなさい、辛いことを思い出させてしまって……」
「ううん……。役に立てなくてごめん、美汐……」
 そのまま真琴の頭をなでる天野。真琴も気持ちよさそうに、されるがままになっている。
「あ、そういえばっ!」
 ふと顔を上げる真琴。
「あと一つ、思い出したことがあるの」
「なんですか?」
「何か羽のようなものを見た気がするの。鳥……? ううん、天使のような。それで、祐一君によろしくって言われた気がする……」
「え、俺に?」
 いきなり話を振られてもなぁ……。
「でも俺、天使にも鳥乙女にもフェザーフォルクにも知り合いはいないぞ」
「……なにそれ」
「そういえば、怪しい羽リュックを背負った食い逃げうぐぅなら知ってるけど」
「だからなにそれ」
「だから知り合い」
「……あゆちゃん、ですよね」
 突然秋子さんが口をはさむ。見ると何か考え込んでいる。こんな秋子さんを見るのは実に珍しい。前に見たのは……あれ、何の時だっけ?
「あ、ごめんなさい。ちょっと気になったものですから」
「うー、気になるよぉ」
「大したことじゃないわよ、名雪。……それよりももうかなり遅くなってしまいましたが、天野さんはよろしいんですか?」
 言われて時計を見ると、もう九時を回っている。寝るには早いが、女の子が外出してていい時間でもない。
「あ、俺送るよ」
「でも遠いですよ」
「なーに、クラッカーのお礼だよ」
「祐一さん、送り狼になったらダメですよ」
「ぐあ……、そんなに信頼ないですか?」
 手を頬にあてて、冗談よ、と言う秋子さんは、もういつもと同じ微笑みを浮かべていた。

 結局天野を家まで送って帰ってくると、午後十一時に近かった。名雪も真琴も寝てしまったらしい。俺も冷えた体を風呂で温め、さっさと自分の部屋に引き上げた。真琴の部屋に行ってみようかとも思ったが……やめた。還ってきたばかりなのだし、疲れて寝ていたら起こすのがかわいそうだ。
 とはいうものの、やっぱり真琴の顔を見たい。確かにここに還ってきたのだと安心したい。
 相反する考えがぶつかって、俺はベッドの中で寝付けずにいた。
 しかたがないから別のことを考えることにする。とはいっても、もちろん全て真琴のことだ。今後真琴はどうするんだろう。学校に入るか……でもいきなり高校に入っても、勉強なんてわからないだろうし……。かといって中学ってのもなぁ。見た目はもう高校生くらいだし。大体戸籍とかどうしよう。人間じゃないんだし……。
 ギッ…
 ギッ…ギッ…
 つらつらと考えていると、聞こえてくるのは誰かが廊下を歩く音。段々と音が大きくなり、そして俺の部屋の前で止まる。
 そんな怪しいことをしそうな奴はもうこの家にはいないはずだが……。それとも真琴なのか?
 ぎぃ…とドアが開き、ひとつの影が室内に滑り込む。そして後ろ手にドアを閉めようとして……。
 ぎゅっ
「あぅ────っ!」
 夜中に響きわたる悲鳴。まるであの頃が帰ってきたようだ。部屋の電気をつけると、案の定真琴が目に涙を溜めて座り込んでいた。
「あぅーっ、イタイよぉーっ」
 しっぽをかかえて息を吹きかけているところを見ると、さっき挟んだのはこれらしい。
 そうこうしていると廊下にも明かりがつき、秋子さんと名雪も起き出して来た。
「一体どうしたの、こんな夜中に」
「……くー」
 ……本当に起きているのは秋子さんだけのようだが。
「どうした、おねしょでもしたのか」
「違うわよっ」
「じゃぁ、なんだ?」
「あぅー……」
 なぜか顔が赤い。
「何かしたいことがあったら言って頂戴。無下にしないから」
「あぅ……あの……」
 さらに顔が赤くなる。
「……い……ね……た……」
「え?」
「祐一と一緒に、寝たかったのっ」
 思わず俺の顔も赤くなる。見れば確かに枕が転がっている。
 恐る恐る秋子さんの様子をうかがうと、いつものようににっこり微笑み、
「了承」
 と、一言。
 っていいんですかほんとに秋子さんそれは公認ということででもやっぱりまだ……。
 などということが、一瞬で頭の中をぐるぐると回る。
「祐一さん、真琴の布団を祐一さんの部屋に運ぶのを、手伝ってください」
「へ?」
「一緒の布団はまだ早いわよ」
 うーん、ホッとしたようなガッカリしたような……。でも真琴はとっても嬉しそうだ。
「わたしもけろぴーと一緒だおー」
 やっぱり名雪は寝ぼけていた。

 部屋の中央に置いてあったテーブルを隅に移動し、真琴の部屋から布団を運びこんだ。
「いいかぁ、電気消すぞぉ」
 おどけた調子で声をかける。
「うん……」
 真琴が布団に入ったのを確認し、明かりを消す。そして俺もベッドに横になった。ベッドのすぐ横には、布団に入った真琴がいる。もちろん段差があるから顔を見ることはできないけれど。
 ごそごそとベッドの端に移動し、下を覗いてみる。真琴もこちらを見ていたのであろう、目と目があった。薄明かりを瞳が反射し、キラキラと輝く様子はまるで星空を映したように綺麗だ。しばらくその煌めきに見とれる。
「祐一……」
「なんだ?」
「手……伸ばして」
「うん? こうか?」
 片手をベッドの下、真琴の方に伸ばしてやる。真琴も布団の中から両手を出し、俺の手を包み込んだ。
「わぁ、あったかい……」
 そのまま自分の頬に押しあてる。
「ここに……いるんだよね」
「誰が?」
「真琴も……祐一も……」
「ああ。言ったろ、ずっと側にいるって」
「うん……ありがと……」
 嬉しげに笑って、目を閉じる。瞳から生まれる、一筋の輝き。親指で拭ってやり、そのまま頭をなでてやる。
「祐一……あたしたち……幸せになろうね……」
「ああ、もちろんだ」
 そして真琴から穏やかな寝息が聞こえてくるまで、そのままずっとなで続けたのだった。


−終−


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