ものみの丘の奇跡(改訂版)

【月曜日・一】

 初出:1999/07/25 Key SS掲示板 No.5482
 改訂:2001/11/18

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 春。
 辺りは柔らかな色に満ち、もう雪があった面影すら見あたらない。
 商店街の店先には花をかたどった看板が並び、道行く人の服装も実用一辺倒な厚手のものから、色とりどりのものになってきた。
 そんな華やかさに満ちた街を俺は走っている。
 ものみの丘を目指して。
 ふいにさっきの天野の声が耳によみがえる。
『でも、あの丘に住む狐が、みんな不思議な力を持ってるのだとしたら……。
 たくさん集まれば、とんでもない奇跡を起こせる、ということなのでしょうね。
 じゃあ、相沢さんなら、何をお願いしますか?』
 きっと天野も何かを感じたのだろう。でなければあんな事を言うはずはない。
 それに俺も何か予感のようなものを感じていた。そしてその予感は、ものみの丘に近づく一歩ごとに強くなる。
「真琴……」
 無意識に一人の少女の名前が口にでる。生意気で、子供っぽくて、人見知りで、わがままで……。
 だけど俺の一番大切なヤツの名前。
「真琴っ」
 最近は口に出すのをためらっていた名前を、今度は意識して口にする。予感を現実へと変えるために。
「今っ、いくからなっ!」
 さらに気合いを入れて脚を動かす。商店街を抜け、目の前には丘が広がりつつある。ここからが正念場だ。

 かなり息があがってきたころ、ようやくものみの丘にたどり着いた。
「ふぅ」
 大きく息を吸い呼吸を整えながら、あたりを見回す。冬には丈が短く色も淡かった草木が、今では青々と成長しており春になったことを実感させられる。あたりからは、風が草を揺らすさらさらという優しい音の他には何も聞こえない。辺りに見えるのも、草の他には遠くに木が見えるだけだ。
 いないのか……。
 頭をよぎる不安。その嫌な考えをうち消すように大声で叫ぶ。
「まぁこぉとぉぉ!」
 一瞬、風が止まり、静寂があたりを包む。
「にゃー」
 思ってもいなかった返事が来た。あれは……ぴろ? 鳴き声で猫の区別なんてできないけど、直感的にそう思った。ぴろも昨日から家に帰っていないことを思い出したからだ。
「ぴろっ、どこだっ!」
「なー、なー」
 ぴろの返事を頼りに、腰ほどの高さのある草を押し分けつつ近づいていく。
 南向きの斜面の中、唯一の木が生み出す木陰の中。どうやらぴろがいるのはそんな居心地のいい場所のようだ。
 期待半分、不安半分で近づいていく。
 いるのか……いないのか……。
 緊張で喉が渇く。思ったように足が動かないのは決して草のせいだけではない。
 何歩目かを踏み出した時、不意に緑の絨毯がなくなった。
 ほんの十メートル程先に見慣れた猫──ぴろの姿が見える。
 そしてその側には……。
 俺は走り出していた。急いでたどり着かないと消えてしまうのではないか、とでもいうように。
 紺のGジャン、クリーム色のセーター、黒のミニスカート、金色がかった茶色の髪に、赤いリボン。
 そこには消えてしまった時と全く同じ格好で、彼女がいた。手足を伸ばし、仰向けに横たわっている。すぐ脇まで近づいても消えない。
 幻覚じゃないよな。本物だよな。
 半分涙で曇る目でじっと見つめ、万感の思いを込めてそっと声をかける。
「真琴……」
「……ぁぅー、まことの、にくまんー……くー……」
 返ってきたのは、あまりにも平和な寝言。思わず力が抜けて、寝ている横に座り込む。
「は、はは、そうか、帰ってきたんだな、本当に……」
 後は言葉にならない。そのかわり手をのばし、頭を撫でてやることにした。何度も何度も。

 ……何度も撫でていると、ふと妙な違和感があるのに気が付いた。髪の毛とは明らかに違う、ふにゃふにゃした感触。慌てて涙でかすむ目をこすり、それを確認する。
 耳だ。しかも獣の耳。明らかに人間の持ち物ではないそれが、頭に二つ付いている。
 猫耳付きのカチューシャ……だよね?
 淡い期待を抱きつつ、引っ張ってみる。
 くいくい。
 伸びるだけで、取れない。
「……うーん……」
 しかも反応するかの様に、真琴が寝返りをうつ。すると同時に「それ」が真琴の背中から現れた。
 フワフワしていて太くて茶色くて先っちょが白くて、まるでこれは──。
「それ」がなんだか気が付いた瞬間、俺は叫んでいた。
「しっぽだとぉぉぉぉ!?」
 そう、金色がかった茶色のしっぽが、スカートの下からはみ出しているのだった。

 しっぽ。
 しっぽを見ている。
 結構な太さがあり、先の方が白くなっている。そういえば狐の襟巻きってのも、こんな感じだったよなぁ。
「うにゃうにゃ」
 ぴろが嬉しそうにじゃれついているのを見ると、幻覚というわけではなさそうだ。それに風もないのにゆらゆらと左右に揺れている。やっぱり本物なのだろう。しかしいくら元が狐だといってもなんて非常識な……。大体耳なんて、人間の耳と狐の耳、合わせて四つになってるじゃないか。
 とはいっても、こうしていては埒があかない。せっかくだから、手にとって触ってみることにしよう。……さすがにスカートをめくって確認するのは気が引けるし。
 左右に揺れているタイミングを見計らって、手を伸ばす。
 一回目……失敗。
 二回目……失敗。
 三回目……失敗……
 えーい、しっぽごときが生意気なぁ!
 業を煮やした俺は、両手でぎゅっとつかみかかった。
「あぅ────っ!」
 とたんにあがる悲鳴。しまった、強く握りすぎた。
 文字通り飛び起きると、涙目になってしっぽに息を吹きかける。
「あぅー、一体なんなのよぉ……」
 そしてあたりを見回し、俺がいることを認めるとくってかかってきた。
「祐一っ、どういうつもりよっ!」
「い、いや、どういうもこういうも……」
「寝てる女の子のしっぽを掴むなんて、何考えてるのよ!」
「あ、あの、女の子とかそういう問題じゃないような……」
「せっかく気持ちよく寝てたのにぃ。あぅーっ、すっごく痛かったんだからぁ」
 すっかり昔の……元気だった頃の真琴だった。
「は、ははは、真琴、真琴なんだよな」
「? 突然何言い出すの? 真琴は真琴よ。祐一、さっきから変よぅ」
「……じゃあそのしっぽは?」
 真琴の手の中にあるしっぽを指さしながら、俺は聞いてやった。
「しっぽはしっぽで……。あれ……?、あぅー、真琴は真琴で……妖狐で……」
 段々声が小さくなっていくが、俺は確かに真琴が自分で妖狐と言うのを聞いた。
 ということは……もしかして記憶があるのか?
「そっか、夢じゃなかったんだ、全部……」
 最後は悲しげに呟くと俺を見つめ、改めて口を開いた。
「祐一」
「おう、なんだ」
「……ありがとう」
 その表情は、真琴が初めて見せるものだった。
 悲しげな微笑、とでもいうのだろうか。
「なんだ、突然」
「一つは……もう何年も昔にこの丘で拾われた狐のお礼。助けてくれてありがと」
 やっぱり昔の記憶も全て戻っているようだ。
「も一つは……記憶喪失の自称沢渡真琴のお礼。最後の最後まで好きでいてくれてありがと」
 思わず照れて上を向いてしまう。
「そして……ごめんなさい」
「これもまた……突然だな」
「うん……せっかく好きになってくれたのに……消えちゃったこと」
「でもそれは別に真琴のせい、ってわけじゃないだろ」
「消えるって事はわかってたのよ。沢渡真琴になる前は。でも……でも、あんなことになっちゃうなんて、思わなかった……」
「…………」
 あの別れのことを言ってるのであろう。
 あの悲しい別れのことを……。
「そしてもう一つは……この耳としっぽのこと」
「えっ?」
「きっと祐一に迷惑をかけると思うから……」
 真琴は自分で自分のしっぽを優しげに撫でる。
 その様子を見てると、真琴にしっぽがあるのは実に自然な様子に見えてくる。
「そのしっぽは一体なんなんだ? 前の時はそんなもん、なかったじゃないか」
 真琴は自分のしっぽをその手で弄びながら、悲しそうに呟いた。
「これは……代償なの」
「代償?」
 真琴は目を閉じ大きく息をつく。そして囁くような声で話し始めた。
「祐一はもう知っているでしょ、真琴が妖狐だってこと。そして妖狐の間に伝わる奇跡で、人間の姿になったってこと」
 確認するように俺を見上げる真琴に頷いてみせる。
 全ては天野から聞いたことだ。
「でも奇跡を起こすには二つの犠牲が必要なの。記憶、と、命。そして前の時はその通りになっちゃった……」
 再び目をつぶった表情が歪む。まるでその時の悲しみを思い出したかのように。
「でも……今回はどうしても記憶も命も失いたくなかったの。祐一の事、覚えていたかったし……もう二度とあんな別れはしたくなかったから」
 俺も思いだしていた。徐々に感情を、人間らしさをなくしていった真琴のことを。
 あんな思いは、もう二度とごめんだ。
「だからこの耳としっぽは、その代償。記憶と命を失う代わり。そして真琴が普通の人間じゃないことを周りの人間に知らしめるための……だから……だけど……」
 そこで目を開き、俺の方を見る。それは……今まで見たことがない表情。強い意志を感じさせる。
「このしっぽが祐一の迷惑になるかもしれない。けど……けど、真琴は祐一の側にいたいっ!」
 それを聞いた瞬間、俺は真琴のことを抱きしめていた。
「あぅーっ、苦しいよぉ」
 抗議の声があがるが無視する。手足をばたばたさせているが、それも無視する。
 でないと……この泣いてる顔を見られてしまうから。
 そのかわり、右手で真琴の頭を撫でてやる。そして、何とか声を絞り出す。
「そこまでして、お前が、ここに、戻ってきてくれても、俺にできることは、いつまでも、お前の側にいることだけだ。それでもいいのか?」
「うん……あぅ……祐一……ありがと……あぅーっ」
 真琴も泣き出してしまったようだ。
「不安だったのよぅ、だって、拒絶されたら、どうしようって……」
 俺は柔らかく抱きしめ直すと、頭を撫でてやる。
「ばか……。そんなことあるもんか」
 優しく耳元で囁く。
「しっぽがあろうが、耳が増えようが、真琴は真琴だろ」
 返事はあぅーとしか返ってこない。でも、真琴の両腕も俺の背中でしっかりと結ばれる。どうやら俺の制服の胸の部分を、ハンカチ替わりに使うことに決めたらしい。それに、しっぽが嬉しげに揺れているのが見える。だから俺はそのまま真琴が落ち着くまで、ずっと黙って頭を撫でていた──。

 結局真琴が落ち着いたのは、もう夕日があたりを照らすような時間になってからだった。夕日に赤く照らされた真琴は、なぜかやけに幻想的に見える。しっぽや耳があるから、というのもあるけど、それ以上に嬉しそうに微笑んでいるからというのが大きい。これこそ俺が見たかった光景なのだから──。
 そのまま見とれていたいのを我慢して、声をかける。
「さぁ、帰るぞ」
 けれど少し不安げな表情になって答える真琴。
「いいの、かな……祐一の家に行って……」
「なんで?」
「だって……真琴は他人だし……」
「他人じゃないぞ」
「え、でも……」
「ほらこれを見ろ」
 財布を取り出し、そこに貼ってあるシールを見せる。一月の終わりごろにみんなで撮ったシール。真ん中で真琴が笑っているそれには、「水瀬家一同」の文字が刻まれている。
「うん……覚えてるよ、秋子さんと名雪の優しさ……」
「あの二人も、お前が帰って来るのを待ってるよ」
「あぅー、でもしっぽ……」
「そんなもん、秋子さんにかかれば一秒で了承だ」
 俺はそう言いきると、真琴に向かって手を差し伸べた。
「ほら、帰るぞ。お前は俺たちの家族なんだから」
「うん、帰ろう!」
 一瞬目の端に溜まった涙を振り払うように頷くと、俺の伸ばした手をしっかりと握り返す。そして同時に、家に向かって駆け出した。

 これからの事に不安がない訳じゃない。でも、真琴が帰ってきてくれた。
 今はそれだけを喜ぼうと思った。


−終−


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