[ いつか、きっと ]
- 子供たちに、願いと祝福を…… -

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注)このSSは秋子さん視点の真琴SSです。
  真琴シナリオのネタバレを含みますのでご注意をお願いします。
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[ いつか、きっと ]
- 子供たちに、願いと祝福を…… -

Written by Kazuki Takatori












『行ってきます……』


「いってらっしゃい」



 真琴と最後に交わした挨拶。
 それは、祐一さんや私たちと、真琴との別れの日。
 真琴の前で、最後まで笑顔でいようと思ったのに……出来ませんでした。
 真琴の言葉を聞いた瞬間、私の目に浮かんだ涙。
 どうしても、それを抑えることは出来ませんでした。
 真琴がいなくなるんだって、解った瞬間。
 真琴と別れないといけないんだって、解った瞬間。
 あの人と永遠の別れをしたときと、同じような感覚に襲われて……我慢できなかった。
 二人がドアを閉めたあと……私は、一人涙を流していました。
 せっかく真琴の母親になれたのに。
 せっかく真琴と家族になれたのに。
 どうして神様は残酷なんですか……?
 私はそう思いながら、祐一さんが帰ってくるまで泣き続けていたんです……



 家族を失った感覚。
 こんな思いは……二度としたくなかったのに……



 意識が、すうっと覚めていく。
 軽く頭を振って、体を起こす。
 最近、ずっとこの夢ね……
 真琴の不安げな顔が、私の脳裏に焼き付いています。
 真琴との、別れの記憶。
 頬をこすってみると……涙の跡がはっきりと解った。
 悲しい思い出。
 だけど、忘れちゃいけない思い出。
 この夢を見て……私は、後悔していません
 彼女との、大切な思い出だから……
 ふと、外を見てみる。
 まだ真っ暗で、日が明けるまでには時間がかかりそうですね……
 だけど、そろそろ起きないと。
 あの子たちが起きてくるための準備をしないといけないもの。
 ベッドからゆっくりと降りると、刺さるような寒さが頬にしみる。
 私はハンガーからカーディガンを取って、寝間着の上に着込みました。
 ちょっとは、暖かくなったかな。
 そう思いながら、私は部屋を出ました。


 蛇口から流れる水に、そっと手をかざす。
 凍るほどの冷たさが、私の目を一気に覚ましてくれました。
 そして、そのまま顔を洗い始める。
 冷たくて、気持ちいいです。
 しばらくして蛇口を閉めた私は、タオルを棚から出して顔を拭いた。
 これでやっと、私の一日が始められます。
 タオルを洗濯かごに入れながら、風呂場を覗いてみました。
 ……もうそろそろ、お味噌の匂いも抜けてきたかしら。
 真琴の悪戯は、激しかったものね。

 祐一さんに対する愛憎からの悪戯。
 私はそれを見過ごしてあげました。
 どうしてかはわからないけれど、怒る気が起きなかったですし。
 ……祐一さんに弁明する真琴が可愛かったから、ということがあったからかもしれませんけど。
 ただ、花火とかはさすすがにやりすぎでしたね。


 キッチンに入って明かりをつけた私は、そのまま今日の朝食の準備を始めることにしました。
 まだ起きるまで時間はあるけど、焼きたて、炊き立てのほうがいいですから。
 お米をカップで量りながら、釜の中に入れていきます。
 この間から、量を少なくしようと思ったけど……時々、間違えて真琴の分までお米を入れちゃいます。
 真琴がまだ、この家にいる気がして……
 いっぱいご飯食べましたから、真琴は。
 だから、私もごはんの作り甲斐がありました。
 けど、結局……あのジャムを食べてはくれなかったわね。
 私はオレンジ色のジャムが入った瓶を見ながら、苦笑しました。
 いつかは食べて貰いたかった……そう思いながら。


「おはようございます、秋子さん」
 祐一さんがリビングに入ってきました。
「おはようございます、祐一さん」
 いつものように、私も応えてあげます。
 ご飯もすっかり炊けて、パンも焼き上がっています。
 あとは、祐一さんが名雪を起こしてくれるのを待つだけです。
「名雪は起きました?」
「……今日は手強いです」
 呆れたように言う祐一さん。
「あらあら、あの子ったら」
「これから、また起こして来ますよ」
「すいません」
 苦笑して、私は祐一さんがリビングを出ていくのを見送りました。

 真琴がいなくなってから、祐一さんはすっかり変わってしまいました。
 まるで抜け殻になってしまったように、気力を無くしてしまって……
 だけど、いつしか祐一さんもいつもの元気さを取り戻していったように見えました。
 ……外見上は。
 寝ている時に様子を見に行くと、祐一さんは時折彼女の名前を呼びながら嗚咽していました。
 朝起きてくると、赤く腫らした目で起きてきたことも何度もあります。
 つい、今さっきも……
 けど、それは当然のことでしょう。
 愛している人がこの世からいなくなったら……悲しくなるのは当たり前ですから。
 できることは、そっとしておいてあげることだけです。
 祐一さんにとって、真琴はいなくてはいけない女性でした。
 あの日のことを思い出しても……わかります。
 寄り添っていた二人のことを思い出せば……


「こら、名雪! 行くぞ!」
「わっ、待ってよ祐一〜!」
 いつものように騒々しい玄関。
「いってらっしゃい」
「行ってきます!」
「お母さん、行ってきま〜す!」
 祐一さんと名雪が、慌ただしく玄関を出ていきました。
 私は手を振って、それを見送ってあげます。

 名雪は真琴のことをどう思っていたのでしょうか。
 ずっと祐一さんに寄り添っていた真琴を見て、平静でいられたのでしょうか。
 きっと、二人が一緒なのを見ていていい気分じゃなかったこともあったでしょう。
 だから……プリクラに真琴のことを誘ってくれた時は、とても嬉しかったです。
 名雪も、彼女のことを認めてくれたんでしょうか。
 もう一人の家族なんだって。


「よいしょっと……」
 今日は晴れていて、空も高いです。
 私は、祐一さんと名雪、そして真琴の布団を干すことにしました。
 真琴の部屋は祐一さんが片づけているみたいで、すっかり整然としています。
 布団叩きで、布団をぱんぱんと叩いて、埃を払います。
 今日の陽射しだったら、きっとぽかぽかとした布団になるでしょう。
 叩き終わった私が、サンダルを脱いで部屋に入ろうと思ったとき……
「うにゃ〜」
「うん?」
 聞き慣れた鳴き声が、私の耳に飛び込んできました。
 辺りを見回してみましたけど……どこにも、その声はいません。
 気のせいかしら?
 そう思って、私はベランダから真琴の部屋に入ろうとしました。
「うにゃっ」
 その鳴き声は、部屋の中から……
 見ると、真琴の本棚の上に、出ていったはずのぴろちゃんが私を見ながらあくびをしていました。
「あらあら……おかえりなさい」
 私が頭を撫でてあげると、ぴろちゃんはごろごろと喉を鳴らして甘えてきます。

 ぴろちゃんは、いつも真琴の頭に乗っていましたね。
 真琴が笑うと一緒に鳴いて。
 真琴がしゅんとすると顔を覗き込んで。
 いつも真琴と一緒にいましたね……
 だけど……真琴はもういません。
 どうして、ぴろちゃんは戻ってきたんですか……?


 キッチンへ降りると、ぴろちゃんも私の後をついてきました。
 なんだか、お腹がすいてるみたいですね。
 私がお皿に牛乳をいれてあげると、ぴろちゃんはその牛乳を少しずつ舐め始めました。
 それを眺めていると、ぴろちゃんは私を見るたびにうにゃうにゃ鳴いてきます。
「お腹が空いてたのね」
 頭を撫でてあげると、また気持ちよさそうに私を見ます。
「それじゃあ、私は買い物に行きますからね」
 安心した私は、今日の買い物に行こうと立ち上がりました。
 きっとぴろちゃんなら、家での勝手もわかっているでしょうし。
 そして、私は財布を手に取りました。

 ちりんっ……

「うにゃっ!」
「えっ……?」
 財布に付けた鈴の音が鳴った瞬間。
 ぴろちゃんが、突然大声で鳴きました。

 狐のときも、人間の時も真琴が大好きだった鈴。
 真琴がいなくなってからしばらく経って、また財布に鈴を付けはじめたのですが……
 それに、ぴろちゃんは強く反応したみたいです。

 ちりんっ……

「うにゃ!」
 また、ぴろちゃんが強く反応しました。
 そして、まだ牛乳を飲み終わってないのに、ぴろちゃんはリビングから走り去ってしまいました。
「あ、待って!」
 私も後を追って、廊下を走りました。
 どうやら、二階へと上がっていったようです。
 急いで階段を上がった私は、真っ先に真琴の部屋に入りました。
 そこには、
「うにゃっ!」
 と、部屋の真ん中で鳴いているぴろちゃんがいました。
 まるで、真琴のことを待っているように。
「ぴろちゃん……」
 私はぴろちゃんを抱き上げようとしました。
 ですが、ぴろちゃんは抵抗するように伏せます。
「あなたのご主人さまは、もう……」
 そう言ったのですが、ぴろちゃんは私の手から離れて部屋の中をぐるぐる走り回り始めました。
 そして、
「うにゃーっ!」
 また部屋の真ん中にちょこんと座って、大きく鳴きました。
 まるで、真琴は絶対戻ってくるとでも言っているように……
「真琴が……戻ってくるの?」
「にゃあ」
 それが返事かどうかはわかりません。
 だけど、私の中で一つの考えが浮かびました。

 まだ、確信したわけじゃないけど。
 ぴろちゃんが戻ってきて、真琴の部屋に居着いて……

 その時です。
 暖かい風が、この部屋に吹き込んできました。
 まるで、冬の終わりを告げるような風が。
 そして、春の始まりを告げるような風が。
 とっても優しく、柔らかくて……
 私の髪を、そっと揺らしました。

 春。
 真琴が大好きな季節。
 祐一さんはそう言っていましたね。
 もしかしたら……
 いえ。
 きっと、彼女は……

「ぴろちゃん、ここで待ってるのね」
「にゃあ」
 私はそう言って、ぴろちゃんの頭をまた撫でてあげました。
 ぴろちゃんも、嬉しそうに鳴いてくれます。
 私も、思わず笑顔になってしまいました。








 真琴。
 お母さんから、一つお願いしてもいいですか?
 春になったら……この家に帰ってきてくれませんか?
 私の娘として。
 名雪の妹として。
 祐一さんのお嫁さんとして。
 私は待っています。
 名雪もきっと待ってくれます。
 祐一さんは……言うまでもありませんね。
 その時は、お祝いしてあげますから。
 あなたの大好きな肉まんで。
 そして、美味しいって言ってくれた料理をたくさん作って。
 祐一さんも、元気に出迎えてくれるでしょう。
 その時は、二人のことをお祝いしてあげますから。
 あなたたち、夫婦のことを。

 だから……
 だから、いつかきっと……

 戻ってきてね。


 真琴が戻ってくる日が来るまで、
 私はずっと待ってます。
 お母さんは、ずっと待っていますから。
 お母さんが、祝ってあげますから。





 あなたたちのことを、祝ってあげたいから……







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[ あとがき ]

 ……38.7度。
 熱で頭がヘロヘロな中で書いてみました、秋子さん視点の真琴SSです。

 秋子さんのSSは最大の難関だと思っていたんですけど、本当にその通りでした。
 難しいです、「秋子さんらしさ」を出すのが(^^;
 けど、このSSで秋子さんが、うちにとっての秋子さん……です。

 内容については、敢えて触れません。
 秋子さんの思いを感じ取っていただければありがたいです。

 ファンゴルンさん、HP開設おめでとうございます。
 これからもファンゴルンさんの書く真琴たち、楽しみにさせていただきますねっ。


 それでは、またっ。
 たかとり和樹でした。


- Angel Blue…… -
http://www.hk.airnet.ne.jp/kazuki/
Kazuki Takatori


お礼の一言

 たかとりさんにはいつも色々とお世話になっております。

 今回も「HP作ってるんですよぉ」といったら、いきなりこのように素晴らしい
SSを贈っていただき、感謝感激雷おこし(謎)です。

 このSSの中の秋子さん、僕の考える秋子さんと同じでした。
 秋子さんは、真琴にとっても母親なんですよね。

 僕もこのような素晴らしいSSが書けるように、精進していきたいと思います。

1999/10/05 ファンゴルン


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